24,英雄より上?

ミセリア歴 151年 1月5日 天候は曇り。


二つの国に、分散した理由は簡単だった。ケルト族を頂点にする事を嫌った者たちが、半数近くいたから――


自分も同じ状況で、同じように二分するならば、ケルト族を頂点とする国家は、お断りだ。ただ、なぜ断るかの理由は、彼らとは異なる。


ケルト族が、好き嫌いどうこうと言うよりも、呪いの根本的な部分が解決されないまま、物事を進められた事が気に食わない。


因みに、ケルト族の自治区のみが、呪いという名の災害に見舞われなかっただけの事で、担ぎ上げられたのだという。


そんな馬鹿馬鹿しい理由で、権力の頂点となれば、立派な帝になる訳がない。保身と金銭に執着する愚か者。建国から150年の歴史を掘り起こした自分の感想だ。


――今の皇女を除いては――だが。


自分の年齢と大差ない時期。彼女の母が亡くなり、他の女性に地位を渡したくない為、唯一の娘を無理矢理皇女にしてしまったという。


幼いとはいえ、皇女の仕事が、無くなる訳ではない。彼女は、地位に固執する貴族婦人が跋扈する社交界へと、いきなり放り投げ出された。


初めは、中身のない世間話や、意味のない専門用語の餌食になった彼女だったが、次第に彼女は、自身の勢力を徐々に拡大。最終的には、逆らう輩は誰一人としていなくなったという。


では、どのように、彼女は行ったのか?それは“情報”という言葉に尽きる。相手の趣味趣向は、勿論。相手の出自、人間関係。


相手の過去から現在全てを暗記し、相手を言葉のみでねじ伏せた――。逆らった数人は、帝都の社交界から、忽然と姿を消したという逸話がちらほら――。


誰から教わった訳でもない、まさに転生の謀略家。敵にするのは好ましくないが、それと同時に、味方にする事も難しいだろう。流石さすがに、親を敵に回すのは、考えにくい。


ロー伯爵は、自身よりも格下。更には、遠い田舎いなかの島へ、遥々はるばる自分に会いに来ていただいた。それだけ今の情勢は、かんばしくないのだろう。


物事の分別は、その人物の環境に大きく左右されるが、最終的な“決断”は、誰しもが、身に付ける事はとても難しい。


なんせどのような相手やモノでも、躊躇ちゅうちょなく迅速に“切り捨てる”事が出来ないと、いけないからだ。


「いっそ、暗殺するのも考えますか?」


アルヴィスとは定期的に、談話と称して計画について話す機会を設けていた。


「その選択もありだ。他に障害となる人物は、特に見当たらない。強いて言えば、弓の名手であるゲイ子爵が、こちら側にならないのが惜しい」


「元々、猟師だったのを強引に貴族にしてもらった一族です。惜しいのは同感ですが、切り捨てる他ないかと――」


「ならば、皇女よりも先にゲイ子爵を消すべきか」


「随分と物騒な話をしているな」


ビエラが、自分とアルヴィスに紅茶を届けに部屋へと入室してきた。


「ビエラさんは、どの程度の腕なのですか?」


「何だよ、急に」


「いえ、自分がこの国に来て、一番腕がたつのは、アナタです。まだこどもとはいえ、男2人を相手に、片目で戦える。その実力は、上位である筈」


「残念だが、上には上がいる。アタシは良くて中の中程度さ」


「では、この国で一番なのは?」


「それなら既にアンタは、会っている」


「え?」


「ジパ族の身体能力は、人間の3倍と聞く。その頂点を支配するには、能力も頂点ではなくてはならない」


「成程。それが頂点か」


「あくまで、個人の武力だが――」


過去の歴史上、武力に優れた者が率いる勢力は、序盤こそ筆頭クラスであるが、徐々に時間経過に連れ、知力や政治力の強い者が世界を制してきた。


それはジパ族も例外ではない。いや、今は違う。各地に分散した彼らは、着実に計画の進行を進めてくれている。少々、こちらに不信感を持っている連中もいるが――。


◆◆◆


ミセリア歴 151年 4月8日 天候は雨。


どうやら帝側に、新たな厄介事が加わった。それは、公爵家の次女である「イリス・ケルト」。その人物は、とある社交界での事件が発端だった。


皇女の身内という事で、彼女に嫌がらせを受けた彼女。その彼女が、我慢できずに手を出した。帝の次の身分である公爵、普通ならば権力を使って、いくらでも有耶無耶うやむやに出来た。


しかし、彼女はそうしなかった。被害者に危害を加えた事を謝り、自らを半年間の謹慎処分を科した。言い分としては――。


「どのような状況だとしても、悪いのは私だ」


その一点張りだったとか――。本来であれば、このような馬鹿正直な話に、何が厄介なのかというと――。


「国を潰すには、腐敗しきった国という大義名分がいる。その中に、少しでも希望があると、人はその希望にすがるモノだ」


「それは皇女も、同じでは?」


「彼女の場合は、悪に染まる可能性が十分にある。それに、最初は自己防衛の為のモノだったが、今の印象からは恐怖政治に近い。


弱い立場の者が、強い立場の者へと代わるだけ、そこに希望は生まれない。ただ、あのイリスという人物は違う。正しい事を正しく、悪い事を悪いと言う。


誤魔化さないどころか、自分に罰も与えてしまう。一見ただの正直者だが、その反面、他者からの信用を勝手に得る。言わば、歴史に残る英雄と同じ気質がある」


「ワイズマンのようにですか?」


「ワイズマンねぇ~」


この国。いや、この大陸の歴史をさかのぼると、2人の人物が大きく影響を及ぼしていた。その人物たちを総称して「ワイズマン」っと、呼んでいる。


最初のワイズマンは、名前そのモノにワイズマンが入った人物で、2人目は、その名前を利用して、有名になったと思われるのだが――。


英雄というよりかは、英雄の相談役のような事しか行っていない印象だった。知識や知恵を英雄に教え、困難とされた問題を次々と解消していく。それが、伝記物として残されていた。


読んだ後の感覚だが、明らかに話の内容が盛られている。10人未満で、1000人を越える敵を倒したり、在りもしない伝説の生き物を討伐したり、難攻不落の要塞を破ったり――。


そして何がおかしいって、英雄と呼ばれている人物よりも、ワイズマンと呼ばれている人物の方が目立って人気がある。本来であれば、活躍する英雄に、人気が出る筈なのに――。


だが、そのカラクリも、読んでいる途中ですぐに理解した。残された歴史書の多くが、ワイズマンを中心に描かれている。これは憶測に過ぎないが、かなりの確率で本人たちが介入し、手を加えていると思われる。


それに何の意味があるかは、正直理解できないが、その影響の為か、知力を美徳とする傾向の人物が多いようだ。実際、アルヴィスもその内の一人であるし――。


「事実が湾曲して別の何かに化けるのは、あまり好ましくない。だがそれすらも利用するか」


「まさか――ワイズマンを復活させると?」


何故そんなに彼が興奮する内容かは一旦無視し、思いつきの割には、悪くはない。新たな国の誕生には、それ相応の物語が必須でもある。


その準備段階として、今までに様々な方法を試みた訳だし――。


「だとすれば、誰を英雄にするかが問題だな」


「――英雄。いっそ、“彼女”にそれを担ってもらうというのは、どうですか?」


「――ありかも」


親を裏切るのも、致し方ない状況下であれば、周囲の影響を無視できない彼女なら、

己の運命を受け入れるであろう。


「だとするな、自然に彼女と面識を得る場が必要になるな」


「自然にですか?」


今回の一件で、事前に収集してあった彼女の情報をアルヴィスと共に確認中、一つの項目に目が留まった。


「彼女は、武芸を趣味にしているとか?」


「そうですね、何でも人に迷惑をかけるのを極端に嫌っており、それが功を奏し、今では衛兵では相手にならないだとか――」


「なら、一ついい案がある」


「それは?」


初代ワイズマンの偉業は、その場その場の調達ではなく、自ら生産性を重視した指針を取っていた為、国を一つにする事が出来たという。


その功績の一つに、とある軍事学校を設立させる事で、熟練度の高い兵士を大量に育てたとか――。その方法を丸々、利用させてもらう事としよう


「帝立軍事学校の「ディオス」に、彼女を入学させよう」

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