23,彼の名は

ミセリア歴 147年 12月21日 天候は雪。


ようやく、自分と瓜二つの少年の容体が、回復した。以前から、時折会話をする事は出来たのだが、口の中が傷ついていた為、今まで上手く喋れないでいた。


それも窓の外が、真っ白になった季節になった頃には、改善される。彼の名前は「アルヴィス・ゴードン」あの人と最初に、自分に発した妻女の言葉だったので、よく覚えている。


その彼は、最初こそ自分に対し、不信感を持っていたのだが、徐々に身の上を彼の父親から伝わった事で、今では自分の事を「師匠」っと、言うようになっていた。


それは良い。それは良いのだが、彼が回復したという事は、自分の存在をどう扱うべきか。それが、問題となってくる。


今までは、彼の代理という扱いで済んでいたのだが、それも今後は難しい。かと言って、新たな存在として生きるには、この身分社会には、厳しい。


いっそ存在しないまま、この世界を立ち回るのもアリなのかも――。一旦、顔を隠す為、仮面で顔を隠す事にした。


「エキドナさんが、亡くなった?」


アルヴィスが回復するのとは裏腹に、統治者の使用人のメイドが、壊血病で亡くなったという。


享年きょうねん34歳。この時代の人間で、人間で平均寿命が50歳、ジパ族で30歳との事なので、十分に生きているだろう。誰も、その死に、疑う者は――いない。


「そうか」


自然と不自然の境は、いかに致し方がない状況下を作り出す事にある。たとえば、恨みを持った人物が、その人物を殺害すれば、少し調べれば分かってしまう。


当たり前の事ではある。が、逆を言えば、無関係。若しくは、突発的な出来事さえあれば、自然とその本性は、勝手に隠れてくれる。


それを何重にも、張り巡らす事さえ出来れば、たとえ少々不自然な事が、いくつかあっても、この時代にそれを解明する術はない。


「だとすれば、そのための“駒”が、必要か」


◆◆◆


ミセリア歴 148年 5月22日 天候は晴れ。


以前、協力者になってもらったチェスの師。名前をルイス・ライリーというのだが、その人物から便たよりがあった。


内容は、彼の友人であり、国の宰相を歴任する重鎮。ロー伯爵の領地で、とある厄介事が発生したという。


その詳細は、城下の貧民街にて、1人の少女を中心とした盗賊紛いな集団が結成され、富裕層を標的に、犯罪を行っているとの事。


特に、中心になっている少女は、段違いの力で衛兵たちを圧倒しているという。名前をメイ・カーミス。この世界では、苗字で己の地位が全て決まると言っても過言ではない。


おかしな事に、この文化レベルであるのにも関わらず、ある程度の戸籍制度が、整っている。誰がどの村、町に住んでいるのか、どこぞの誰が何人兄弟なのかも分かる。それは、貧民街も同様だった。


なのに、カーミスという苗字は、この国の何処にも存在しないという。簡単な話。もう一つの国の人間。つまりは、外国人。それで済む。


しかし、自分はその経緯が気になった。対策をライリーに伝えつつ、カーミスについて調べてもらうように、依頼する。


「カミス メイ。いや、考え過ぎか――」


◆◆◆


ミセリア歴 148年 6月11日 天候は雨。


自分が伝えた方法を素直に実行したらしく、彼女を捕縛ほばくしたという知らせがきた。その方法は、至ってシンプル。相手を孤立させる事。


能力が1人だけ特質すると、自身を基準にする人間は、大抵の場合周りの人間を、見下す傾向がある。話によれば、自分と同い年というのだから尚更。


だが、その齢にして、荒くれ者の大人を従え、貴族の衛兵を打ち負かす――普通ではない。


相談の依頼したロー伯爵も、自分と同意見だったらしく、次の依頼は彼女をどのように、扱うかについての相談だった。


どうやら、ロー伯爵も、こちら側と同じ思考をしているようだ。であるならば、味方にする事を踏まえて、助言をするべきだろう。


そう言えば、彼女の出自について、調べてもらった結果。彼女は親を亡くして、孤児院に預けられたという話だが、その親は本当の親ではなく、拾い子だったという。


その証拠に、その親の苗字は彼女のモノとは異なっていた。では、何故彼女は“カーミス”なのか?それは、彼女を拾った時、身に付けていた布に、彼女の名前が記されていたという。


今はこれ以上の事を考えても、推測の域から出てしまうので、止めておこう。取り敢えず、ロー伯爵と一度対面する必要があるかな。


その交渉材料として、彼女を養子にする事を薦めた内容を返答した。


「今、お時間いいですか?」


一段落した頃、アルヴィスが自分の元へ尋ねてきた。要件は、今後の事についてだった。


「以前から、考えていたのですが、師匠がアルヴィスと名乗り、私が仮面を付けるのはどうでしょうか?」


「何故?」


「私は明らかに、師匠よりも劣る身。師匠のお考えは、あるべき地位は、相応しい者がなるべきと以前言っておりました」


「――」


「そうであるのならば、私の地位を師匠が利用された方が、あの計画に、少しでも生かせるかと――」


「少々、勘違いしているみたいだが、相応しいというのは、決して自分で決める事ではない。他者が認める事で、初めて意味がある。


君が君自身をどのように評価したところで、そこに、あまり意味はない。自己評価は大切な事だけどね――」


「では、私はどうすれば、師匠の役に立てるでしょうか?」


「何故、そこまで?」


「命を救われた身。当然ではありませんか?」


「申し訳ないが、過去の君の話を聞く限り、そのような殊勝しゅしょうな気持ちがあったとは、思えない。何か、裏があるようにしか聞こえなくてね」


「確かに、以前の私は、お世辞にも良い性格ではなかったと思います。だけど、死を間近に感じた時、それではいけないと実感したのです。


その――、実際にどうと具体的な言葉にするのは、今の私では難しいのですが――」


「死を近くで実感すると、自分自身を俯瞰ふかん――。他者から自分を見られるようになるらしい。但しそれは、生への執着に依存し、逆に他人をないがしろにする事もあるというが――」


「では少なくとも、その身勝手な輩にならずに済んだという事ですね」


この返答なら、アレを実行できるかも――。


「それが本心であれば、君に頼みがある」


「はい!何でも言って下さい!」


「では、これから―――」



――君は、私に。私は、以前の君になってもらう。


◆◆◆


ミセリア歴 150年 10月11日 天候は雨。


この家の使用人でご年配の方が、亡くなった。使用人とはいっても、1年前に隠居した人だった。享年きょうねん74歳。かなりの長寿だった。


今は、自分とビオラで使用人の真似事をしている。本来であれば、新たな人物を雇う必要があるのだが、今この家に、他人を入れる訳にもいかなかった。


「これで“自分”の勝利です」


「負けたよ、アルヴィス君」


今、目の前でライリー氏と、アルヴィスのチェス試合が終わった。


「それにしても、この数年で段違いだ。チェスのレベルもそうだが、思考や論理と言ったものの全てが、同年の子とは比較に出来ない」


「これも“彼”のお陰です」


「確かに――、彼の存在は我々の世界を大きく変えた」


聞こえない振りをしながら、自分は2人の横に紅茶を置く。


「それにしても、彼は一体何処へ?」


仮面を被った事は、身内だけにする事にした。その方が、色々と融通が利く。


「今は隣国に、潜入していると思われます」


そして、新たな試みを行った。それは自分と同じように、仮面を被ったジパ族を多数、隣国に潜入させた事。これにより、自分の存在を分散させ、可能であれば消えてもらえば最高だ。


「で、計画の為に使用する名前も決まったのかい?」


「はい。――タルタロス。それが、あの方の“今”の名前です」

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