22,血筋

ミセリア歴 147年 7月22日 天候は晴れ。


まさか他人の師匠が、協力者とは思わなかった。が、おかげさまで行動範囲が広くなかった。とはいえ、自身の計画についての1つ目の壁。


それはジパ族に協力者となってもらう事だった。それが叶わないと、その後の壁を越えられるかどうか――。その為に自分は今日、ジパ族の長に会う事となる。


表面上は、統治者の護衛の1人として同行する事となるのだが、元々の護衛である人物の立場に疑問があった。その人物は、女性である上、傭兵という扱い。


統治者の身分的に、使用人という立ち位置でもおかしくないのだが違う。では、毎度雇う程に、統治者に金があるのかといえば、それも違う。


元々、金銭に困っていたが為に、ジパ族の案件を呑んだ。では、何故にこの人を永続的に傭兵として雇っているのだろうか?


その疑問を解消するのは、ジパ族の長に会う為の道中で知る事となる。


「ケルトの呪い?」


ケルトと言えば、帝と公爵のみが許された苗字だという認識だったが、その概要はこの国の歴史に関係するという。


まず、現在本土には2つの国があったのだが、元々は一つの大国しかなかった。その国は、今よりも発展した文化で繁栄していたとの事だった。


しかし、とある事件が発生したという。その事件とは、空から石が次々と降り、地面は揺れ、大量の雨が全てを呑み込んだ――とか。


その発生した原因が、当時差別されていた“ケルト族”の呪いだったというのだ。つまり、ケルトは、ジパ族と同様に異民族という立場。


その呪いを再び発生させない為、ケルト族の生き残りを、国の頂点とする。何とも、破天荒な考え方。いや、呪いの力でのし上がったという意味では、順当なのか?


一方で、それまでに国の頂点とされていた人物たちは、代々「チェイス」という苗字を使用していた。そして、傭兵である彼女の名前は――。


――ビオラ・チェイス。


つまり、彼女の一つ前の国の頂点の血筋だった。となると、今の貴族の使用人として雇う事は、好ましくない。では、そもそも近くに置く必要もない。


が、そう無下に出来ない理由がこの家にある。彼女は、統治者の異母兄弟。しかも、それだけではない。統治者本人は、ケルト族の血を引いているのだとか――。


つまり、この家には新旧の権力者の血と、新旧の異民族の血が流れている特殊な家系となる。その要因は、前の統治者が、チェイスの娘に惚れてしまい、そのまま身籠らせてしまった。


当時の帝は、この事に激怒したが、流石さすがに同族だった為、貴族の身分を剥奪しない代わりに、一番下の階級になったという。


ただの興味本位から、まさかゴードン家とこの国の歴史を知る事になるとは思わなかった。


「やはり、帝は我々部族を見限っていた訳か」


統治者と自分より、ジパ族の長に、今回の事件の事と、背景について話す。しかし、意外にもそこまで驚いた様子はなく。むしろ、前々から気付いた節まである。


そんな知恵があるにも関わらず、野菜と果物の件には難色を示していた。


「大人と子どもを隔離すれば良いのでは?」


「何?」


「アナタが問題としているのは、野菜と果物の摂取に反発する者を説得する方法が見付からないから――違いますか?」


「ああ、私自身は信仰よりも、我々部族の繁栄を優先したい。その為にも、寿命を伸ばす事は、必須の事。が、我々は一枚岩ではないのもまた事実」


「なら、反発する者を排除すれば、事は早い」


「随分と君は、薄情なのだな?」


「薄情?前に進もうとしない怠け者と、必死に前に進もうとする者。どちらを救うか目に見えている。それともアナタは、皆で一緒に泥船に乗りますか?」


「――」


「それで自分を薄情と言うのなら、皆から薄情者を言われても構いません」


「ち、父をいじめるな!」


「ユリウス!」


自分の目の前に現れたのは、小さな黒髪の少女。彼女は、ジパ族の長を守ろうと、両手を精一杯に広げていた。


「アナタの娘さん?」


「あぁ、君と恐らく同い年だ」


「なら、君が父親の代わりに、答えてくれ」


「えっ?」


ジパ族の長が、慌てるも統治者がそれを宥めてくれたので、自分は言葉を続ける。


「君は父親が大事か?」


「うん!」


「部族の皆は大事か?」


「うん!」


「なら、父親を殺そうとする者が、部族の中にいたら、君はどうする?」


「え、えっと――と、父さんを、守る――と思う」


「一人で?」


「た、助ける人がいたら――た、助けてほしいけど――」


「自分は、その助ける人だ。今も君の父さんを助ける相談をしていたんだ」


「ホ、ホント?」


「嘘はつかない。だから、君も協力してくれないか?」


「うん!」


小さな少女の賛同もあり、ジパ族の長は、最終的にこちらの話を全て呑み、ジパ族の方針、運営を自分に一任する事となる。


その手始めとして、ジパ族を可能な限り、全土へと分散させた。表向きは、ジパ族の支配力を高める為。しかし、本当の意味は、ジパ族の親と子の隔離。


これはジパ族の信仰の一節と、虐げられている彼らの立場を利用したのだが、想像以上にジパ族の成人たちが積極的だった事に、少々驚いた。


知識人との会話には自信があった。が、群衆を扇動する事については、些か不安だった。今まで、このような経験はなかったし、以前の自分なら、速攻で切り離していた事柄。


上手くいった要因は、信仰の一節を利用した事が、大きいのだろう。それがなければ、ここまで順調にいかなかっただろう。で、その一説とは、何なのか?


それは、ジパ族の歴史にあった。族長の一族のみが閲覧が可能な書物、それに彼らが、どのような経緯で、本土に渡ってきたのかが、記されていた。


その概要を知った自分の感想は――少し、いやかなりの割合で、想像を遥かに越えた内容だった。ただ、一つ言える事は、自分にとっても、無関係ではない事。


一方で、それが事実だと、受け入れるまでに、少々時間がかかりそうではある。兎も角、今は計画の筋道を具体的にするのが優先である。


◆◆◆


ミセリア歴 147年 9月16日 天候は晴れ。


本日、統治者が首都から無事帰還した。無事とわざわざ記述したのは、帝と公爵への弁明が、上手くいくかで、結果が変わっていた可能性が高いから――。


が、今回の結果で、想像以上に相手は、強敵に成りえない。何故ならば、ある筈もないジパ族の宝を信じ込み、暫くの間何もしないという約定を、彼一人で成し遂げた。


因みに、その宝とは、彼らジパ族の始祖となる者たちが身につけていたという、貴金属を手土産にしたからで――。


その手土産というのは、キラキラと光る透明な板。その板は、彼らの身を守る為に存在したモノで、特に目を守るモノだと言われていた。


一見壊れやすい見た目だが、首都の武器では壊れる事はない程の強度。これが時間をかければ、大量に生産できるという“嘘”を流す。


「嘘か」


そう言えば、昔。妹によく言った言葉があったな。


「バレる嘘は、死んでも付くな。嘘を付くなら墓場まで――」


ホントは、嘘ばかり言った結果。どれが嘘で、どれがホントだったのか、分からなかった時。妹に良い兄だと思わせる為、出まかせに言った言葉だったのだが――。


嘘をホントにしてしまえば、全ては丸く収まるだろう。当面の問題は、どうやって、自分だけの能力で帝や公爵に近付くかだ。


それも周囲から信用された状態で、彼に帝が公爵が居なくなっても、自分を疑わない状況を確保する。かなりの難題ではある。まぁ、ジパ族の始祖が――。



――“日本人”だった事よりかは、驚く内容でないと――。

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