21,謎の少年

天候を雨と記載したが、実際の天候は大嵐だった。ただ、その嵐がいつからだったのかは、分からない。何故なら、自分はその日、大半は海の中だったのだから――。


自分の故郷というべき場所は、本土ではない別の場所。その証拠に、辿り着いた島の名前、地域の名前、国の名前。どれも知らないモノだった。


ただ、それを知ったのは少し後の事だった。海から出て最初に遭遇したのは、崖から海に身投げをしようとする黒髪の女性の姿。自分はすぐにその女性の元へ駆けだした。


自分は彼女を止めようと、大声を出した。こんな事で止められないと思っていたのだが、彼女の反応は、予想に反したモノだった。


「アルヴィス?」


その女性は、海への身投げを止め、自分をその島の統治者の元へと導いた。その統治者は、自分の姿を見て驚愕する。


その理由は、自分と瓜二つの人物が、ベットに横たわっていたからだろう。話を聞けば、その人物は、2人の子どもだという。


その子は酷い顔色で、重い病に侵されており、医者からは今夜が峠だとか――。どうやらその事を聞いた事が原因で、彼女は海へと向かったらしい。


統治者は、自分に感謝を告げると、彼女を寝室へと連れていく。残された自分は、その子の顔を覗き込む。自分はその子の口元に、血が付いていた事に気付く。


初めは吐血した為かと思われた。しかし、口を開いてみると歯茎はぐきから出血しており、その一部が口元に付いたと思われる。その時、自分に一つの可能性が浮かんだ。


「あの彼は何を食べていましたか?」


部屋のすみに立っていた黒髪のメイドに、その質問をする事で、この可能性が正しいか否か、判明する。とはいえ、その可能性に希望は見いだせない。


医師からは峠と言われ、回復する可能性は極めて低く、仮にその可能性が正しい場合でも、自分が知っている治療法がこの島にあるかどうか。


メイドは、駆け足で調理場へと向かった。その時、そのメイドもあの子と同じ顔をしていた事に気付く。そう言えば、彼女も――。


いや、統治者の顔色は悪くない。メイドはともかく、同じモノを食べている筈の彼女と、この子だけが、同じ症状になる理由とは――。


そう考えている内に、統治者とメイドが戻って来た。メイドの回答を聞き、その可能性が的中した。不思議な表情のままの2人に事の説明を行った。


最初に、自分と同じ顔の彼は、「壊血病」という病名の可能性が高い事を告げる。その病気の症状は、貧血、歯の出血、脱力、衰弱。


――そして、“野菜や果物”の摂取不足。


その全てに該当する。それを聞くと統治者はメイドに果物を持ってくるように告げた。自分は統治者に、先程の疑問を聞いてみる。


すると、3名の共通点が分かった。それは3名が「ジバ族」という人種である事。一族の能力は高いが、短命である事。宗教上理由で、植物摂取を禁じている事を――。


それが事実であるとすれば、あの子は助かるかもしれない。その一方で、メイドと彼女はどうなのか?理由は、宗教をじ曲げる事は容易ではない


自身の安否よりも、自身の教えを優先する事が、誇りである。そのようなケースが、故郷にもあった。実際、メイドは、原因を知っても果物を口にしなかった。


その後の結果を言えば、あの子は一命を取り留めた。峠と告げた医者の力量を察するに、どうやら、こちらの医療技術は、自分の故郷よりも劣るらしい。


時間はかかりそうだが、数日しか経過していないのに、顔色は大分良くなった。が、問題は残っていた。どうすれば、メイドと彼女に野菜と果物を摂取してもらうか――。


このままだと、2人は近い将来亡くなってしまう。その事について、統治者に相談する。すると、統治者からは、自分が相談した内容以上の事を相談された。


その問題とは、ジパ族と人間との外交問題。この人物が、どこまで事実を述べたかは、分からない。けれど、解決方法はそんなに難しくない。


外交問題の原因は、外交の象徴となっていたあの子の病が発端だった。それを双方が、互いに問題があると、主張し合った結果との事。


つまり、あの子が、回復に向かっている時点で、問題は解消されている。が、その裏には、もう一つの問題があった。それは、人間側がこの状況を意図的に謀った事にある。


「ジパ族は、短命」この認知を利用した人間側は、ジパ族と敢えて友好関係を築き、後々莫大な賠償金を払わせる。出来ない場合は、従属させる。


これを国の帝と公爵が、中心となって計画を目論んでいる。統治者は、全ての事柄を飲んだが、今になって息子の命が惜しくなった為、自分にこの事を打ち明けたとの事。


正直、虫の良い話だと思ったが、関わってしまった以上、無下にする事は出来ない。但し、そのためには情報が少なすぎた。


幸いな事に、時間の猶予ゆうよはあった為、統治者にこの国の歴史と経済を学んだ上、彼の息子の命を助ける事を誓う。


統治者は、アダム・ゴードンという男爵家の家長で、助けた彼女はイヴという。因みに、ジパ族には苗字がない。代わりに、ジパ族には統一された苗字があるという。


また、ジパ族は自分と同様に、本土ではなく、海から訪れた者らしい。だから、顔立ちや髪の色が異なっていたのか。そう思った時、一つの仮説が生まれた。


宗教を除いた話ではあるが、ジパ族は自分と同じ故郷から来た存在ではないか?だからこそ、統治者の息子と、自分の顔が酷似していたのも頷ける。


ジパ族をここまで理解したところで、とある人物が、統治者に来訪した。その人物は、この島の出身で、現在は帝都で有名なチェスの名手だとか――。


その人物は、統治者の息子とチェスの子弟関係らしく、偶然にも遭遇してしまった自分が、代わりにチェスの相手をする事になってしまった。


故郷では、近いルールのボードゲームがあったが、チェスも含め、自分は行った事が1度もなかった。幸い、ルールは何とか知っていたので、相手をする事は出来た。


但し、彼の実力がどの程度だったか――。その為、この人物が優秀であれば、数手でバレてしまうだろう。願わくは、この人物が帝の回し者でない事を祈ろう。


チェスが開始されてから自分の5手目、その人物は手を止めて腕を組み、瞳を閉じた。「やはり、バレたか」っと、思ったタイミングで、1人の少女が現れた。


「アルヴィス!師匠の次はアタシよ!」


どうやらこの人物の連れらしく、急に現れた事に彼女を叱責し、すぐに退出するよう促した。「そこまでする必要は――」っと、自分が口にすると――。


「いや、今の彼女では、君がアルヴィス君でない事を理解出来ないだろう」


成程、想像以上にこの人は賢く、柔軟性に富んでいる。そして、帝の回し者ではないらしい。そうでなければ、わざわざあの子を退出させる必要はない。


なら、隠す必要もない。寧ろ、協力してもらおう。そう思った自分は、あの日の出来事を話す事にした。彼は自身の白髪をポンポンっと、叩いた。


「これは思ったよりも、複雑だな」


「はい。問題はどうすれば、帝と公爵に接近出来るか――」


「ん?接近してどうするつもりなのだ?」


「自分は、現状の問題を金銭の問題とは考えておりません。何故ならば、この一件が仮に解消しても、同じ事を繰り返す」


「?」


「つまり、今の帝都を一新しないと、根本的な解決にはならない」


「では、どのようにすると?」


「この国を――」


今の自分の考えを彼に伝えると、彼は絶句した表情を浮かべた。しかし、その全容を伝えるに連れ、彼は真剣な眼差しで、自分の言葉を聞き入っていた。


「そこまで――」


全てを聞いた彼は、先程と同様に腕を組み、暫しの沈黙を終えた後「私も協力させて下さい」っと、頭を下げてきた。


「ありがとうございます。では一緒に――」



――この世界を、潰しましょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る