20,遡る日

アルヴィスの死が伝わったのは、地震が発生してから1週間以上が経過した後だった。原因は、今まで経験のない状況に、対応が遅れた事にある。


彼の死が首都のアリスに届いたのも、未だ混乱が治まらない時。アリスはこの情報をすぐ最重要機密事項とし、付近に滞在していたメイとヴォルトに対し、真相を確かめるべく命令を下した。


首都に滞在しているイリス、エヴァ、オリヴィア、ヨシアに事を報告すると、イリスはショックで倒れてしまう。


一方、命令で動いた2人だったが、鉱山の状況は、想像よりも遥かに酷い状態だった。状況を悪化させた要因は、新たな技術として使用された“火薬”にある。


地震が発生した時刻と、火薬を使用した時刻が重なった為、地震と爆発の影響であるか判別がつかず、避難が遅れてしまう。


更に、不幸は重なった。鉱山付近の地面では地割れが多発。アルヴィスを含めた多くの人間が、奈落の底に落ちたという。


但し、二次災害を恐れ、救助対応もままならない状況の為、彼の遺体は見付かっていない。メイとヴォルトは、一筋の希望を胸に、地下の救助活動を開始した。


首都に居るイリスを除く4名は、アルヴィスがオリヴィアに残した書物を頼りに、救護活動を行った。


それが功を奏したのか、二次災害は少なく済む事になる。それとは対象的に、隣国のディクタトルは地震の対策が遅れに遅れ、多大な損害が出たという。


その隙を見計らったかのように、抑圧された他種族。特に、差別対象になっていたジパ族を中心に、ディクタトルは攻められ、そのまま国が滅んでしまった。


ディクタトルに代わり、新たに統治を行う事となったのは、3年間行方知らずとなっていた“タルタロス”であった。


彼はジパ族を中心とした他種族をまとめあげ、瞬く間にその統治を盤石のモノとした。その日数は、たったの2週間にも満たなかったという。


この事は、巨大地震の最中の出来事。しかも、外国。アリスたちに伝わるのは、救済活動が一段落した後、地震の発生から1ヶ月後の事だった。


◆◆◆


滅亡したディクタトルとアルヴィスの件を相談する為、アリスは、イリスを除く5名を御所に集めていた。


「結局、アルヴィスの遺体は見つからず――か」


「申し訳ありません。落盤に遭った者、地割れに落ちた者。行方不明者315名の内、身元が確認できたのは半分。他は身元が分からない者か、そもそも遺体が見つからなかった」


「いや、メイたちには慣れない事を休まずに――。感謝しかない」


「遺体が見つからないという事は、生きている可能性もあるのでは?落ちた目撃者も、何かの見間違えも――」


オリヴィアの言葉にヴォルトは「だったら、1ヶ月もアイツが身を隠す必要があるか?」っと、返答する。


「それは――」っと、言葉に詰まる彼女に、エヴァは彼女の肩に優しく手を置いた。


「流石にアイツも人間だ。自然の摂理には勝てなかった。そう思う他ない。幸い、十数年間もの計画書がある訳だし――」


「それだ」っと、ヨシアの言葉にオリヴィアは、再び声をあげる。


「あの男が、事前にこのようなモノをわざわざ残す理由は?今回の出来事を前々から察知していた証拠だ」


「それは地震の前にも話しただろ?そういうヤツ。それしか言いようがない」


「だとしてもだ。今回の地震に関する手引書が、何故項目の最初に記載されていたのだ?」


「それは最近、地震が――」


「それは違う!この手引書を作成した記述は、今から約3年前。つまり、最近あったから訳でもない。


それに十数年分の計画書だぞ。そう簡単に作成する訳もない」


「仮に全ての事を事前に察知していたとしても、当の本人が死んだら何の意味もないではないか?」


アリスの一言に、何も言い返す事が出来ず、項垂うなだれるオリヴィア。


「だがオリヴィアの言う事を無下にも出来ないのも、また事実だ。今回の地震。それにディクタトル滅亡。余りにも、こちらの都合がいい」


「と言うと?」っと、エヴァが質問すると、アリスは全員の目の前に地図を広げた。


「この大陸は、皆も知っているように、北のドワーフ、南のエルフ、中央の森林区のピクシー。そして、様々な場所に点在するジパ族。人類とは異なる種族が我々と共存している


しかし、今後の文化発展の為には、他種族のなわばりを開拓する必要があると、アルヴィスの計画に記されていた。勿論、当初の計画は交渉を重ねての平和的な開拓を目指す筈だった。


が、今回の他種族が合同となった国「パンタシア」が建国された事により、こちら側に滞在していた者の多くが、パンタシア方面へと移動したという」


「それって交渉も争いもなしに、開拓がすすめるという事ですよね?」


「エヴァの言う通りだ。だがそれだけではない。今まで問題となった敵国があっさりと滅んだ事により、こちらの国力は一気に高まる条件しかない。


十年。いや、五年もあれば、誰も成し遂げられていなかった全土統一も見えてくる状況だ」


「全土統一。初代ワイズマンと当時この地を収めていた王でさえ、直前でなしえなかった偉業を――」


ヨシアは地図を見つめながら、呟いた。


「あくまで、全ての筋書きが、滞りなく進めばだがな――」


「で?その為には、やっぱアルヴィスの死は隠すのですか?」


ヴォルトの質問に、アリスは無言で頷いた。


「彼の存在そのものが、既に万の兵に等しくある。新国にとっても彼の存在は、かなりの武器となる」


「だが相手は、アルヴィスと同等。いや、アルヴィスすら予測できなかったタルタロス。正直、隠せられるかどうか――」


「そこでだ」そう言って、アリスはメイに視線を向けた。


「え?」


「我々は一刻でも早く、彼が成すべき計画を知る必要がある。3年前、君はその真相を知ったのではないか?だから、君だけが彼を説得出来た――」


「――」


「時効とは聞こえは良くないが、既に彼が居ない以上、その計画の全容を知り、その計画を遂行するよう動くべきだ」


「それが、この国に都合が悪くても――ですか?」


「その返答は、やはり彼の計画を知っているのだな?」


「全容ではないですが――」


「どういう意味だ?」っと、ヴォルトの言葉に、メイは黒い本を一冊を皆の前に取り出した。


「この本は、彼が十二年前に記した“日記”です」


「日記?」


「これには3年前の出来事についても記載されておりますが、それが全てではない事が、最後に記されており――」


「成程、だから全容でない訳か」


「はい」


「だとしても、我々はその一部すら知らない訳だ。断片であっても知って損はない筈だ」


暫しの沈黙の後「分かりました」っと、腹をくくったメイは、黒い本の1ページ目を開き、その本の冒頭を読み始めた。


「ミセリア歴 147年 6月19日 天候は雨。これは、自分がゴードン家と初めて接触した日にさかのぼる」

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