3章【日記とかたわれ】
19,悲劇
首都陥落から3年が経過した。
残酷な出来事として、あの事件は「帝都の悲劇」として世間に浸透していった。
出来事の詳細については、時間経過と共に、話は壮大に膨れ上がる。東の丘の戦いは、アルヴィス1人が敵を屈服させ、敵が帝都から撤退したのは、アルヴィスの
それに伴い、迅速に帝都への救援の軍を起こしたアリスも高く評価され、アリスは「奇跡の皇女」。アルヴィスは「三代目ワイズマン」っと、呼称される。
また、惨劇と言われながらも国の情勢は、飛躍的に向上していた。その理由は、アルヴィスの政治手腕によるもので、「帝都の悲劇」で用いられた「駅伝制」というシステムを領土全てに採用。
それと同時に、全ての街道の開拓が行われた事により、物流と経済の循環が向上。それと共に、国と貴族の在り方が、大きく変化した。
その一つが、国が商業を運営するシステム。農業と漁業である第一産業全てを国が買い取り、困窮する民には無償で提供し、他の収穫物は加工し、国内外へ販売を行う事で利益を生む。
国が利益を生んだ為、税は最低限まで低下。各貴族もこれに倣い、地域ごとの特産物を加工や、工夫をする事で、一層の発展へと促された。
しかし、このような良い事尽くめ、たったの3年で実行可能だろうか?その疑問の解決は、アルヴィスの知識と知恵によるもの。
人員不足は、貧困に苦しむ者全てに衣食住の保証を条件に雇い、成果次第では、報酬を約束する事で解消。収穫物の加工についても、調理方法、保存方法、効率方法を伝授する。
特に保存方法については、肉魚の消費期限が大幅に向上した為、漁師と猟師の捕獲量も多くなった。
アルヴィスが何故この方法を知っていたのかは、謎であるが、彼は経済や食料問題以外にも手を出していく。
代表的なモノを挙げれば、「教育」と「法」である。まず、教育については、町単位で学校を設立させ、こどもの全てに読み・書き・計算を学ばせ、勉強の合間に身体能力を計測する。
そこで優秀なモノは、帝都に設立した専門学校に通わせ、適性を向上。身体能力が高い者は、軍学校に無償で通える。
そして、今まで述べた内容に通ずる全ての法を制定させた。制定と言っても、ほぼ皇女の鶴の一声に近い。が、その方法がある意味功を奏した。
強引に行われた数々の施策に対し、少しでも不平不満を持つ者がいれば、全ての者を御所に招集し、皇女の前でその内容を言わせた。
半分の者は何も言えず、残りの半分は声をあげるも彼女に論破されてしまい、強制的に反抗する者は縮小されていく。
結果、皇女とワイズマンを中心とした政権は、独裁政治に近いモノではあったが、3年の月日で文化レベルが飛躍的に向上したのであった。
◆◆◆
御所の執務室にてアリスは、アルヴィスの提案書に目を通していた。
「新たな発掘地の視察――か?」
「お気に召さない――ですか?」
アルヴィスは、別の案件にサインを行いながら、彼女と話し続ける。
「既に君が居ないと政治がままならない」
「だとしてもです。この前開発した“火薬”を使用して鉱山での採掘時間の短縮を進める必要がある」
「それは最もだが、君が視察する必要はあるのか?君の弟子に頼めばよくないか?」
「それだけではないのです」
「ユリウスの件か?」
「ジパ族の反乱は未だに不明。自国に被害はない事だけが、不幸中の幸い。しかし、このまま謎のままにする訳にもいかない。
視察先に若い女のジパ族が頻繁に目撃されており、外見からユリウスの可能性が非常に高い」
「――」
「それに皆、学園を卒業したとはいえ、メイ先輩、ヴォルトはそれぞれ軍隊に――、エヴァは本来の希望であった医学の道の為、首都の医療機関に――。
イリス様とヨシアとオリヴィアは、自分たちの無理難題を実行する為、あちこち奔走している。とてもではないですが、任せられる状況ではない」
「他にも弟子を取ったと聞いたが?」
「残念ながら、あの7人程の人物はいない。自分で考え行動するには、一種の条件がある」
「条件?」
「それは普通ではない事です。」
「普通ではない?」
「いい意味でも悪い意味でも、普通の家庭で、普通の生活を送ると、常識を
「まるでイリスも含めた全員が普通でないような言い方だな」
「恐れながら、アリス様もその一人かと――」
「フッ、本来ならば不敬罪で死刑だぞ?」
「何の事やら?」っと、首を傾げて目線を逸らす。
「相変わらず――いや、分かった、鉱山の件、許可しよう」
「ありがとうございます。オリヴィアには、引き継ぎを行うので、ご心配なく」
急に地面がグラグラっと、揺れ出した。
「また、地震か。最近多いですね?」っと、呟くも、アリスからの返答がない。
「アリス様?」
アリスのいる方向へ視線を向けるも、彼女の姿はなかったので、机の下を除くと彼女は頭を守っていた。
「君は地面が揺れているのに、何故驚かない?」
「何故でしょうね?」
◆◆◆
数日後――。
帝都議会の一室で、オリヴィアが山積みになった資料に目を通しながら、頭を抱えていた。
「い、忙しそうだな?オリヴィア」
「イリス様とヨシアか」
山積みの資料に驚くイリスに対し、「よっ!暫く――」っと、軽い挨拶をするヨシア。
「わざわざ足を運んでもらってすまない」
「要件はこの資料か?」
「ああ、たったの1週間。それだけで兄弟子は、ここ数十年の計画書を置いて旅立った。どう思う?」
「どう思うと言われても――。あの人が用心深いのは、今に始まった事でもないだろ?」
「お嬢の言った通り――。っと、言いたいが、数十年?」
「ああ、一世代先の経済、教育、法律、事業の全てだ。ついこの間まで、劇的に発展した筈の情勢をもう一段階あげる内容。あの男に、底がない」
「元々謎を背負ったような男だからな。学生時代、あの人をお嬢に調べるように言われた時、特殊な境遇を除けば、ただの田舎男爵。
今の状況になるとは、誰も思わなかった。付き合いが長くなれば、もう少し分かると思ったが、未だ何も分からず仕舞いだ」
「イリス様は、何か聞いておりませんか?」
「婚約者ではあるが、残念だがお互い忙しくてな。まともに話す機会も殆どない。あ、いや――」
イリスは腰の鞄から一枚の手紙を取り出した。
「珍しく手紙を昨晩もらった。が、少し内容がおかしくて――」そう言って、手紙をオリヴィアに渡した。
オリヴィアは、手紙に目を通すと首を傾げる。
「確かに、おかしい」
「何がだ?」
「手紙の内容は、視察の内容は一切なく。地元の話と、黒い本の話のみ」
「黒い本?」
「詳細は分からないが、落ち着いたら一緒に探してほしい――らしい」
「何だそれ?」
「遠回しで物事を言う事はよくあるが、こんなあからさまにヒントを言うのは珍しい」
「とは言え、今回の一件とは無関係だと思う」
「確かに関係なさそうだ」
オリヴィアは、自身の椅子に寄りかかり溜息を漏らす。
「じゃあ、ヨシアを置いていってくれますか?」
「えっ?」
「ああ。予定通りに――」
「え、俺聞いてませんよ!」
「言ったら、ついて来なかったろ?」
「大丈夫大丈夫、この資料の整理をしてほしいだけだから」
「いや、さっき数十年って――」
山の資料に絶望し、振り返った時にはイリスの姿はなく、「やられた――!」っと、叫ぶ声が、帝都議会で響くのであった。
それから三日後、全土で今まで経験した事のない巨大地震が発生。
その結果、アルヴィス・ゴードンが亡くなった。
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