18,変化の始動

首都陥落から十日が経過した夜。

アリスはイリスを御所にある自室へと呼んでいた。


「先程、ディクタトルから返答がきた」


そう言って、イリスに返答の文面を渡す。


「――」


沈黙のまま、文面に目を通すイリス。彼女の表情は読み進めるごとに、曇っていった。


「タルタロスという家臣が独断で行った越権えっけん行為?これを信じろと?」


「私もまったく同意見だ」


自室の椅子に座ったまま、腕を組み天井を見上げて項垂うなだれるアリス。


「首都陥落と帝を含めた大量の殺害。一家臣だけの行動で完遂する事は実質不可能な筈。実行犯であるタルタロスの行方は?」


「首都陥落を最後に行方は分かっていない」


「しかし、捕らえた離反者の話によると、あの丘での戦闘前夜。あの陣営に居たと――」


「謎だらけだな。城下の被害が、なかっただけでなく、首都が陥落した事すら気付いてなかったという」


「まるで軍隊など最初からいなかったかのようですね」


「ああ、マックベイの一団は、彼自身の領地で、強制的に徴集した者と、大金で雇った傭兵で、敵兵の姿はなかった」


「やはり、アルヴィスの話は、本当なのでしょうか?」


「ジパ族の反乱か――。確かに、知らせを元に近辺のジパ族自治領を確認したところ、連中の姿は跡形もなかったという――。最悪の場合、ユリウスの父である。ジパ族の長も――」


「そうなると、平和な時はまだ先かもしれません」


「幸い――っと、言えるか分からないが、今後、ディクタトルに戦闘の意思はないようだ。申し訳ない程度だが、援助を行うという。


首謀者であるタルタロスも、捕縛ほばく次第重罪人として処刑する事を約束している」


「それを本気に?」


「確かに、まともな軍なしで陥落するような国。そして、それを成し遂げた傑物。私だったら、逆の事を行うだろう。だが、あの国は、この国以上に、保守的な考えしか持ち合わせていない。


実利よりも、賛同数に重きを置く。それが公平ならいざ知らず、年寄連中の高尚という無意味な誇りだけで動く連中。


今回の件についても、哀れみ、慈悲という高みからの意見が強かったのだろう。ただの外様とざま家臣が倒せる国。いつでも、どうとでもなると高をくくって――」


「では、今回の件で、三男の立場は危ういでしょうね。本来ならば、嫡出子ちゃくしゅつしに昇格してもいい事なのに――」


「年齢が年齢だけに、本人はどうとも思っていないさ。問題はその周囲だが、私たちが気にする事でもないだろ?どうしてそんな事を?」


「つい弟の事を思い出してしまい――申し訳ありません」


「いや、気にする事はない。こちらこそ、配慮が足らなかった。ここ最近、イリスには辛い出来事が多すぎたな。そうだ、何か希望はあるか?」


「では、アルヴィスの解放を――」


「成程」っと、苦笑するアリスと、赤面し下を向くイリス。


「元々彼を罪人にする気は毛頭ない。この状況をたった数週間で終わらす事が出来たのは、彼のお陰であり、世間は彼をワイズマンの再来と流布している。


一刻の奇行を咎めるには、材料が乏しい。それに、どこぞの公爵がやけにご執心のようだからな」


「姉さん!」


「はは、ごめんなさい。だけど、今や皇族の血は、私と貴女だけとなってしまった」


「――」


「更に、貴族の約4割が一族諸とも殺害。その大半が、重要な役職だった者ばかり――。今回の一件で、最早もはや、貴族が仕切る政治は、古いと私は思っている。


だから、古い身分制度は廃止し、能力に準ずる新たな制度を確立する必要がある。私はその筆頭が、彼のメンバーだと思っている」


「それは大袈裟では?」


「大袈裟?初陣も済ませてない只の学生が、反乱分子を撃退した。これ程までの偉業があるか?それもこれも、彼の思慮深さと計画性。そして、その実行までの迅速な過程の賜物たまものだ。


自身の保身しか考えてない馬鹿どもの機嫌をうかがい、時に金品を代償に実行する内容など、たかが知れている」


「だとしても、私たちはまだ学生の身分。いくら、今回の件があったとしても、そう簡単には――」


「時間は用意する。5年。いや、3年までには――。だから、貴女たちもそれまでに今以上の経験と知識をつける事だ。これは次の帝になる私からの勅令ちょくれいだ」


「――畏まりました」


イリスはひざまずき、アリスに深く一礼する。


「それとだ、これも遠い先の話だが、貴女とアルヴィスには婚約してもらう」


「えっ!な、何故?」


先程まで凛々しかったイリスは、慌てふためく。


「先程も言った通り、今後を担うのは、貴女たちの新たな力。それと同時に、身分に対する足枷あしかせを失くす施策しさくの一環として、皇族に優秀な血を入れる事で、おおやけに広める為。


彼が市民であれば、もっと刺激的な施策になっていたのだけど、まぁこれぐらいが丁度――」


アリスはイリスの暗い表情を見て、言葉を止める。


「もっと嬉しそうにするかと思ったが――」


イリスはは暫く下を向いたまま、言葉に悩むも意を決したのか、ゆっくりと顔を上げた。


「嬉しいです。自身が秘めていた想いが成就する。しかし、今回の彼の一件。それに、時折彼が口にしていた“計画”。それが私たちにとって、厄介事の火種になるかも――」


「ふふ、自身の都合で軍学校に入学した貴女の発言とは思えないな」


「そ、それは――」


「いや、すまない。今更ながら、貴女の成長に感服している。そしてその成長を促したのは、アルヴィス・ゴードンに他ならない。


たとえそれが、今後の私たちに厄災をもたらす事となっても、私は後悔しない自信がある。イリス、貴女はどう?」


「私も――後悔しません」


「ではこの話は、このまますすめる。とはいえ、正式な事は、先の事になる。少なくとも、彼等が卒業するまでは――」


「彼等?」


「すまないが、貴女はこのまま帝都に残ってもらう。理由は言うまでもないだろ?」


「――分かりました。現状は理解しているつもりです」


「助かる」


◆◆◆


御所に程近い宿泊施設にて、アルヴィスとイリスを除くメンバーが、談話室に集まっていた。


「で?何故アルヴィスは、まだ牢屋にいるんだよ?とっくに許されている筈――だよな?」


「そうだけど、彼自身が未だ認めてないのよ。それ程までに今回の件を重く感じているのかも」


「ユリウスの件は確かに驚いた。だがよ、それとアルヴィスとは――」


「兄弟子はアリス様と、とある交渉。いや、契約を交わした」


ヴォルトとエヴァの会話に介入したのは、オリヴィアだった。


「契約?」っと、ヴォルトが首をかしげる。


「今回の奇行については、今後一切干渉しない。その代償として、学生の身分を剥奪。以降は、アリス様の相談役として生涯仕えると――」


「つまり、アルヴィスは学校には戻らないと?」


「言っておくが、既に決まった事だぞヴォルト。俺たち外野が、何を言ったとて意味ないぞ~」


ヨシアは肩肘をつきながら、欠伸あくびをする。


流石さすがにそこまでガキじゃない。ただ、今後の活動をどうするか――」


「安心しろ、既に決まっている。監督役を兄弟子から、私が引き継ぐ。定期的な連絡を行う手筈となっている」


「ならいいか」


オリヴィアの回答を終えると、それまで沈黙を貫いていたメイが席を立った。


「悪いがオレは、もう寝る」


挨拶を交わし、退席するのを一同が見届けると、ヨシアが「なぁ」っと、話し出す。


「メイ先輩が、牢屋から帰ってきてから様子が変じゃないか?」


「確かに」っと、返答したのはエヴァだった。


「あれからすぐに、アルヴィスの世話を買って出た。本来であれば、面倒を避ける人なのに」


「何か――嫌な予感がする」


エヴァの言葉が、現実になるのは3年後の事だった。

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