17,行方

帝都の片隅に、罪人を投獄する施設があった。特に重罪を犯した者は、地下の牢獄に幽閉される。外は今、雨が降っているからか、雨音が地下にまで響く。


「――」


とある訪問者が一人。地下の牢獄へと足を踏み入れる。その者は、地下に到着した瞬間に、嗅ぎなれない異臭で、思わず自身の左腕で鼻を覆い怪訝けげんな表情を浮かべた。


臭いになれたのか、諦めたのか、左腕を戻してから、訪問者はゆっくりと目的の場所へと歩みを進める。本来であれば此処には、各牢屋に罪人が居る筈なのだが、今は誰も居ない。


理由は簡単。そこに居た者たちは、全員この世に居ないから――。だからなのか、コツ、コツ、コツ。っと、足音が雨音と共に、室内に鳴り響く。


では何故、この訪問者は、牢獄へと足を運んだのか?それは“新たに”、この牢獄に幽閉された人物に会う為だった。


「頭は冷えたか?」


目的地に到達したその訪問者は、此処の唯一の住人に声をかける。


「――」


しかし、その住人からの返答はない。


「いいだろう、そのまま話を聞けばいい」


訪問者は横目で、牢獄の住人を見つめた。しかし、相手は、訪問者に背中を向けたまま、地べたに座っているので、相手の顔が見えない。


訪問者は腕を組み、「全く」っと、深い溜息を付き左手で、目頭を抑えたその人物は、鉄格子こうしに寄りながら、語り始めた。


「帝都より、数キロ離れた東の丘で行われた戦闘は、総大将の暗殺により、ディクタトルの大敗で終わった。一番の功労者は、作戦を立案し、実行した“アルヴィス・ゴードン”。


しかし、味方本陣で、戦闘の勝利を確信した頃合いに、問題が起きた。それはアルヴィス・ゴードンが、戦場から離脱したという――」


「――」


「彼の事だ、また何かの策略の為だと、誰も疑わなかった。だが、通常であれば、こちらにも次に何をするか指示を行った上で動く筈。


たが、知らせをくれたヴォルトからは、何も聞いていないと言う。戦後処理もあり、丸一日が経過した後、軍は帝都に向かった。


帝都陥落間近なのに、何故すぐに進軍しなかったのか?それは、イリスが敵から入手した報告書。その情報は先行した者たちと合致した」



――帝都は既に陥落していた。



「これだけなら寧ろ、急ぐべき内容だが、更にこの情報には続きがある」


「――」


「何故かディクタトルの軍勢は、陥落させた後、一日も経たず、自国へと撤退した。略奪も破壊もせず――


その代わり、帝をはじめとした一部の貴族と、この監獄に居た犯罪者を虐殺して去った。これは、余りにも奇妙だ。


本来であれば、自国に都合の悪い。つまりは帝に忠誠を尽くす者を殺める筈。しかし、実際行われたのはその逆だった。


自国で始末するのに困っていた犯罪者。汚職、賄賂、横領を行っていた帝都に蔓延はびこる害虫のみがことごとく、一族すべて始末された。そうなると帝は何故始末されたのか?


そう、残念ながら、帝すらもその害虫の一部だった。帝の弟である公爵家も、4歳の子どもも、関係なく――」


「――」


「結局ディクタトルは、一体何をしたかったのか分からず仕舞い。帝都に到着して分かったのは、反逆者が思った以上に上層部であった為、帝都陥落が容易だった事と――」



――アルヴィスが投獄された事だった。



「目撃された者の情報によると、貴族の全員が監禁されていた帝都の御所に突如現れ、先程述べた事を知り、嘆き狂い自決を試みた。


それを生き残った貴族たちに制止されるも、暴走が治まらないオマエを、泣く泣くこの牢獄に投獄したという。一夜が明け、ようやく暴走が治まったものの、一向に言葉を発さず、今に至る」


「――」


「たった一日だ。たった一日で別人になってしまった。あの日、一体何があった?」


「――」


「沈黙は、自身の首を絞めるだけだぞ?」


「ユリウスは――」


「ん?」


「ユリウスは、見つかりましたか?」


「いや、奇襲に参加した者で、現在唯一見つかっていない人物のままだ」


「成程」


「もしかして――」


「いいえ、もっと単純です。「無敗のダークホース」っと、はやし立てられ、調子に乗った若者が、自分の理想とかけ離れた結果に、絶望した」


「それで納得するとでも?」


「事実です」


「らしくない。それが事実でない事くらい分かる」


「――」


「まぁいい。それよりも、自分の理想と言ったが、それは結果だけの事か?」


「と言うと?」


「何故アリス様が、帝都を離れていたのか?都合がよくないか?」


「――」


「オマエはその理由を知っている。いや、知らない訳がない。何故ならば、その原因は、オマエにある」


「偶然です」


「偶然?マックベイとの模擬戦で、アリス様との賭けに「自分の故郷を訪問してほしい」っと、言っておいて?そんな偶然があるか?」


「――」


「それだけではない。崖登りと、あの松明。今回の事、全てを事前に知っている者の準備としか考えられない」


「それはアナタの主観ですよね?」


「あくまで白を切るつもりか?」


「仮にそれが、全て計画的に行われたとて、私に何のメリットが?」


「そう、それが一番分からない。いや、今回の件の殆どに“目的”という言葉が何一つとして謎のままだ――」


「では――」


「だが、この“本”でその断片を知る事が出来た」


訪問者は、右手に携えていた本をアルヴィスの左横に向けて投げた。反射的に、彼が左を向くと、その本のタイトルが彼の視界に入る。すると、彼の表情には今までにない恐怖の表情が浮かんだ。


「何故これが――」


震えた手で、その本に触れるアルヴィスをみた訪問者は、下を向く。


「あの奇襲の時。敵が持っていた品だ」


「嘘だ。これは実家に――」


「言っておくが、オレ以外、誰もこの本を見ていない」


「何故?何故ですか――メイ先輩」


「それは、オマエが一番知っている筈だ」


「――」


「アリス様、イリス、ヴォルト。全員がオマエを説得している時に、概ね内容を読んだ」


「隠していたと?」


「最初はオマエを見返したいだけで、その本を隠していた」


「――」


「だが、こんな状況になって言い出すタイミングを失った。それにそれを読み終わった後、もしこの本を他の連中に見せた時。何故だが、取り返しがつかない気がして――」


「感謝します」


「じゃあ、そこに書いてある事は、事実なのか」


アルヴィスは、無言で頷いた。


「そうか。では、オマエはオレの命の恩人だな。いや、この国全員か――」


「それは違う。自分の計画の都合だけ、感謝される理由はないです」


「計画か――。確かに、それにはオマエの計画の過程が記載されていたが、その計画の全容は書いてなかった」


「最早、その計画も意味はない。独断で脱走した私は、重罪。死刑は避けられない」


「いや、それは決してない」


「何故?」


「世間でオマエは、無傷で帝都を奪還した英雄。いや、アリス様を導いた“ワイズマン”(賢者)っと、呼ばれている。アリス様はもとい、誰もオマエを死刑にする道理はない」


「甘い、甘すぎる」


「思った以上に帝都の被害は少ないが、それ以上に国民への衝撃は計り知れない。それを鎮めるには、代々帝を導く救世主の称号。そう、ワイズマンが必要だった。


都合よく、オマエは適任過ぎる立ち位置。それに、脱走と言っても離反や逃亡の類ではない。ただ、それに至った目的さえ分かれば解決する」


「目的」


「そうだ。いつもオマエが一番、重要としている事だ」


「――」


「何をかばっている?」


「何故、ユリウスの安否を聞いたと思いますか?」


「?」


「言い方を替えましょう。何故、ユリウスは私を慕っていたのでしょうか?」


「まさか――」


「そうです。ユリウスは――」



――私が、誰なのかを知った。

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