16,初陣
「では、作戦通りに――」
アルヴィス様がそう口にすると、彼の元に集った私を含めた7名が、無言で
アルヴィス様、イリス、ヴォルト、メイ先輩。そして、私の5名は、事前に用意された黒い馬にまたがり、戦場から離脱する。
離脱すると言っても、逃亡する訳ではない。敵側の視界に入らない位置まで北へと駆け抜け、安全地帯を確認した後、西へと進み、あの丘の崖下まで目指す。
しかし、大きく迂回するからと言って、あの崖まで、敵に捕捉されない道理はない。
確かに、崖下の周囲は、丘の上からは死角ではあるのだが、そこに辿り着くまでの道のりには、広大な草原が広がっており、迂回したとて視認される可能性は大いにある。
が、崖に接近する時刻には、太陽が落ちる頃合いも計算された上で、この計画は考案されている。更に、我々が身に纏うのは、以前使用した黒ずくめの装束。
――そう、あの方に抜け目はない。
さて、崖下に到着後の作戦内容だが、丘の崖を登り、敵本陣を火計を用いて奇襲するという、言葉にすると至ってシンプルな内容ではあるものの、事はそう簡単ではない。
その要因の一端は、あの軍隊を指揮する将校が、2名いるという情報から――。
つまり、我々は、ほぼ同時に2名の首を取り、本陣を火の海にする必要があるという事だ。火の海にする事については、本陣は森林で囲われる為、警備兵さえ始末すれば、最適な地形である。
そして、指揮官を失い、火計で混乱する敵に止めを刺す為、残った学生300もの兵が、
しかし、たった300の兵力で、果たして相手は混乱し、撤退するのかと疑問が浮かぶ。が、それも、あの方の機転が反映されている。
それは、事前に我々が作成した特殊な松明にあった。
その松明は、先端が三又に分かれている代物で、暗闇と遠目という条件ではあるが、1人で3人に視界に映る。そんな松明を両手に携えれば6人分。
隊列を横に大きく広がり行軍すれば、敵からは300の兵が、6倍以上の兵に見えるだろう。この方法を学園から出る前より、あの方は想定していたのだ。
勿論、一つでも欠ければ、全てが水の泡ではあるが、全ての条件が合わされば一兵も失わず、一晩で決着がつく。
一刻も早く、首都へと向かわなければならない私たちにとって一石二鳥である。このような策略を思いつくアルヴィス様は、まさに
私たち「ジバ族」の誇りであり、希望だ。あの方について行けば、一族の未来は明るい。あの方の為ならば、私は命も惜しくはない。
「フフ」
思わず不敵な笑みがこぼれてしまった私は、皆から隠す為、左腕で口を覆い、目的地まで駆け抜けて行く。
◆◆◆
「ここまでは順調だな」
最後に登り終えたイリスを確認したアルヴィスは、姿勢を低くし敵本陣近くの茂みに他4名を誘導する。
既に時刻は、深夜と言われる時間帯になっていた。その為、灯りは最低限のみ、勿論本陣には誰もいない。速やかに、全員で警備兵を倒した後、周囲には5つのテントが張られている事を確認する。
アルヴィスは無言のまま、1人1人に指先のみで指示を出す。メイとヴォルトは本陣から左側から、自身とイリスは右側から、ユリウスは中央付近を指差した。
◆◆◆
メイは自身の担当したテントの主を始末すると「はずれか」っと、呟いた。
(昔の経験が、こんな形で活かされるのは不本意だが、まぁいいか)
既に息絶えた人物を横目に、死者の私物を漁りだす。
(アルヴィスの話だと、「首都に関する報告書か何かが、必ずある筈だから、担当を終えた場合、ギリギリまで探せ」って、言っていたが、一体どこを探せばいいんだ?)
「あっ?」
(何だ?この本?)
◆◆◆
「無抵抗の人間を始末するのは、いつも気持ちよくないな」
役割を終えたヴォルトは、
「ん?」
何か金属のようなモノを掴んだ彼は、そのまま引っ張り出す。その代物は、金属のロケットだった。
「ビオラ・チェイス?」
ロケットに刻まれた文字を読み、蓋を開ける。そこには20代ぐらいの女性の写真が入っていた。特徴的なのは、傭兵なのか武装した衣服で、左目に眼帯を付けていた。
◆◆◆
(誰もいない?)
ユリウスの担当したテントには、誰も居なかった。いや、いないどころか、誰かが寝泊まりをしていた
ただ中央に、1人用の机と椅子が置かれているだけ――。不気味な状況下で、彼女は警戒しつつも唯一部屋にあった場所へと歩み寄る。
その机には、数枚の紙と一つの仮面が無造作に置かれていた。恐る恐る、彼女は一番上の紙に手を伸ばす。
「ユリウスへ?」
◆◆◆
息があがる自信の声を殺しながら、テントに侵入したイリス。
(覚悟はしていたとはいえ、ここまで
彼女はゆっくりと、白いベットに横たわる人物に近付いていく。
そして、アルヴィスから教わった通り、相手の口を抑えたまま、毒付きの短刀で相手の心臓目掛け、突き刺した。
「ぐっ!」
少し声が漏れたものの、すぐにその人物は事切れた。イリスは「はぁ」っと、震えた声で溜息が漏れる。
続けて彼女は、灯りを付けようと、火打石を取り出すが、短刀で刺した右手が震えて上手くいかない。
「くっ!」
震える手を制し、改めて灯りをつけようと試みる。
「な、何故?」
灯りがついた時、自身が殺めた人物の顔が見えた。その瞬間、彼女は口元を抑える。それと同時に、灯りは手元から落ちてしまった。
◆◆◆
「ん?」
イリスの担当しているテントから焦げた臭いが微かにしてきた。
「まさか、もう?」
少々早いと感じつつも、急いで隣のテントに駆け出した。そこには徐々にテントに火種が燃え移る中、明らかに混乱したイリスの姿がそこにある。
「イリス、どうした?」っと、呼びかけても彼女は口元を抑えたまま、死体を見つめる。自分はつられて彼女の視線の先に目を向ける。
「マックベイ少佐?」
(いや成程。だからか――)
「手引きした人物がいるとは思ったが、まさか知り合いだったとはな」
「わ、私は――」
(流石に早すぎたか?ここは――)
「イリス、君は軍人を辞めるべきだ」
「え?」
「敵陣のど真ん中で、敵の死に戸惑っているようでは、本当の味方が討たれた時。君はどうなる?泣くか?叫ぶか?自決するか?」
「い、いや!そんなこっ」
冷静さを欠いた彼女に対し、自分の手で口元を抑え、目で
「もう何も言うな。君はもう撤退しろ。いいな?」
まだ何かを言いたそうだったが、彼女を睨みつけ、崖のある方向へ首を動かし、学生300を動かす合図の為の狼煙を彼女に渡す。
彼女は目に涙を浮かべたまま、一度深く頭を下げてからテントの外へと駆け出して行った。
自分は他のテントに火をつけた後、敵のいる方角へと走る。それと同じタイミングで、崖の方角から大きな爆発音が響く。
その音が鳴り止むのを、確認してから「マックベイ様が討死!」っと、天に向かって叫ぶ。同じ
収拾がつかない状態に陥った敵の野営地を確認すると、安堵の溜息をついて北の崖へと向かう。
その道中、他のテントが炎に包まれているのを確認しつつ向かう。だが、ユリウスの担当していたテントのみ、何も変化がない事に気付く。
「ユリウス?」
不審に思った自分は、反射的にテントの中へと侵入する。すると、ユリウスは何かしらの紙を読んでいた。
「ア、アルヴィス様?」
本来であれば、イリス同様に強い言葉を言うつもりだったのだが、今まで見た事のない
「どうした?何があった?」っと、彼女に伝えると、口を震わせながらこう言った。
「アナタは――誰ですか?」
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