15,紅の旗

学園を出立してから4回目の夜を迎えた一行は、帝都への街道を着実に前進する。アルヴィスの策は、見事に機能した。


従来の馬の速度では、3倍近くの進行である。しかし、休むことなくの進行には問題もあった。


「お疲れ」


「ちょっ!何で寝てないの?」


その一つの問題として、夜間の視界不良を防ぐため、一定の人数が交代で監視する。イリスはその監視を終えて荷台に戻る。


そこには、帝都周辺の地図を確認するアルヴィスの姿があった。


「これでもさっきまでは寝ていたさ」


「なら、いいけど――」


呆れた表情で、彼の隣に座り「で?」っと、口にする。


「最後の中継地点を通過したからな、帝都での戦略をいくつか考えている。優勢、劣勢。最悪の状況も含めて――」


「最悪の状況」


不安な表情であるイリスの顔を横目に、鼻をかいた。


「あくまで念のため――っと、言いたいが、先行している教員たちから昨日から定期連絡が来ていないところから鑑みると――」


「良くはない――か」


「心配か?」


「弟は4才、姉は非力、父も」


「弟か――。気持ちは分からないでもない」


「ん?君に兄弟は、居なかったのでは?」


「妹――みたいな子がいた」


「いた?」


「遠い昔の話さ」


「詳しく聞いてもいいか?」


アルヴィスは何か思いつめた表情で、目頭を押さえ、沈黙が訪れた。その間、車内では馬の走る音が響く。


イリスは断念し、移動しようと立とうとした直前、「その子は――」っと、 アルヴィスが口にしたので、再び腰を下ろした。


「何故か自分を慕っていた。だが、当時の幼い自分は、その子を蔑ろにしていた。それでもその子は、自分を「かっこいい」と、いつも言って自分の後を追ってきた。


ある日、その子が不治の病だと分かった。その時だ。何故か自分の心に、大きな負の感情が湧いてきた。寝ても覚めてもそれは消えなかった」


「その子は?」


「分からない」


「分からない?」


「結果が分かる前に、此処にいた」


「じゃあ生きている可能性も――」


「すまない、話過ぎた」


アルヴィスからの言葉に、何かを察したイリスは、「いや、私が聞いた事だ。それに君はあまり自分の事を話さないから新鮮だった」っと、無理に笑顔を作る。


「そうか」


「ああ」


「まぁ何だ、目的地まであと数時間はある。今の内に寝ておけ」


「そうする」


イリスは寝袋のある場所に移動し「お休み」言い、アルヴィスも「お休み」っと、返答した。


◆◆◆


場所は帝都近郊、紅い旗がひしめく野営地の一角で、仮面を被った男が天幕へと入室した。そこには、帝都を陥落させる為の数々の資料が積み上げられていた。


「さてさて、進行具合はどうですか?」


嬉々とした声に、呼びかけられた男は、背筋を正し「タルタロス様!」と、驚く。


「じゅ、順調そのものです。既に作戦は完了。しかし――」


「どうかしましたか?」


「何故、このような作戦を?」


その言葉に、仮面の男の口角が下がった。


「気に入りませんでしたか?」


彼の言葉でようやく、自身の過ちに気付いた男は、「いや、そんな滅相もない」と、慌ただしい口調で否定する。


「いやいや、君の言葉や表情で、そう言っておりますよ?」


男は「不敬、大変申し訳ありません」っと、膝を折って謝罪した。しかし、仮面の男は「何故謝るのですか?」と、不思議がる。


男は予想外の反応に「えっ?」と、困惑していた。


「謝る必要はありません。私も同じ立場であれば、このような愚行を行う事はありません」


「では――何故?」


不安げな声に、何か腑に落ちたかのように、「フッ」っと、鼻で笑う。


「目先の報酬ではなく、先の先に待ち受ける報酬が、私にとっての最終目的であるが故に」


「目的?」


「ギエス様はまだ十歳。今、大事を成したとて、お二人の兄君様のお言葉は誰にでも予想出来る」


「た、確かに」


「分かってくれたのなら、問題ないです」


「事は5年先。いや、早ければ3年先でもいい。それまで果たしてこの情勢がどうなっているか楽しみですね」


そう言い終えると、仮面の天幕から退出した。


「まぁ、その時に“国”があればの話ですが」


◆◆◆


既に日は昇り、予定とされた場所へと到着した学園の一行は、野営の準備を始めていた。しかし、アルヴィスは、そこから数キロ離れた場所へ、単独で進む。


「すまない、連絡が途切れて」


目的とした場所には、先行していた教員が茂みの物陰に隠れており、アルヴィスも並んで隠れる。


「いいえ、理由は先程聞いたので、それで今の状況は?」


そう言ってアルヴィスは、ある一点の先を見つめる。その先には大きな丘と、広々とした草原が広がり――そして――。


「それがおかしいのだ。布陣しているのにも関わらず、先行隊は一切出した様子がない。何かを待っているかのように」


紅い敵国の旗が、草原の一面に布陣していた。


「待っているか。いや、あながち間違っていないのかもしれません」


「どういう事だ?」


「それは――」


◆◆◆


「時間稼ぎか」


一早く完成した本陣の野営地にて、会議が行われていた。状況を一同が聞き終えると、開口一番口にしたのは、メイだった。


「問題は何に対しての時間稼ぎなのか?」っと、エヴァは腕を組みながら呟く。


「何に?」


アルヴィスの質問にエヴァは「布陣は帝都を背に向けて展開している。つまりは、帝都陥落の為ではない。しかし、東は敵国と隣接していないから大した戦力はない」と、返答した。


「矛盾している訳だ」と、頭に手を乗せ、椅子に寄りかかるヴォルト。


「まぁ、学園の戦力としているなら可能だが――」


「いやいや、500未満の兵力で?」


手を横に振りながら、ヴォルトの言葉に反論するヨシア。


「アルヴィスの実績を、相手側が掴んでいたらあるいは――」


「理由とはそんなに重要なのか?」


イリスの言葉をアリスが遮り、一同がアリスに視線を注ぎ、彼女は後ろにのけぞる。


「少なくとも、此処では重要です」


アルヴィスの返答に、納得していない表情を浮かべた。


「何故だ?目の前の敵をどうこうする事には変わりはないのだろ?」


「例えばですが、あの部隊を倒す事で相手側にメリットがあるとしたらどうしますか?」


「メリット?」


「それこそ時間稼ぎ。あるいは――」


あるいは?」


「既に帝都は落ちており、人質を取られた者たちが、敵国の旗をかかげている事も」


アリスは、血の気が引いた表情で口を抑える。


「あくまで例えばの話ですが、違和感という嗅覚が、戦場で生死を左右します。如何に、損害を減らす事が肝要です」


アルヴィスは、そう口にしながら机に広がる近辺の地図を見た。


「ヨシア、悪いが偵察に出てもらえるか?」


「了解」


背筋を伸ばすと同時に腕を伸ばし「何に重点を置けばいい?」と、アルヴィスに質問した。


「教員たちの調べでは、こちらの3倍の兵力である1500という見解だが、その再確認。また、敵の大将が誰なのか。これは余力があればいい。必ずではない。


あとは、君の違和感に期待している。メンバー随一のその“目”を」


「分かった」


「ユリウスもヨシアに同行してくれ、あくまで護衛だという事を忘れるな」


「畏まりました」


2人はそのまま、天幕から退出していく。


「ただ、お姉様の言う通り、少ない兵力とはいえ、素通りや隠れての行軍は難しい。攻略の目途は立っているのか?」


「ヨシアの報告次第ではあるが――」


アルヴィスは地図中央に位置する丘に、指で円をかく。


「本陣はこの丘に布陣している。この丘は、東南西の方角に緩やかな斜面で構成されている。


が、北は絶壁の崖であるから、四方の内、一方でも警戒する必要がない理由から此処に布陣した筈だ」


「崖」っと、アリスを除く全員が口にする。


それに「ん?」っと、不思議な表情で右左と自然を泳がせていた。


「まさか」っと、ヴォルトはアルヴィスに視線を向ける。


「ん?ん?」


「ああ、決まりだ」


アルヴィスの表情は、自然と笑みを浮かべていた。

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