14,駅伝制
日が完全に落ちた頃、アルヴィスは男性寮から学長室へと向かっていた。学長室の通路に差し掛かると、女性寮の方角から足早のイリスと出会う。
「状況はどこまで把握している?」
同じ要件で学長から呼び出された事を察し、アルヴィスに質問するイリスだったが、「いや、迅速に学長室へ来るように言われただけだ。イリスは?」と、返答する。
「私も何も」
「という事は、あまりいい話ではないようだ」
「何故?」
「学長室前に、皇女様の護衛がいるからさ」
◆◆◆
「「失礼します」」
2人は学長室に入室すると外の夜空を見上げる学長と腕を組んで来賓席の席に座る皇女であるアリスの姿があった。
「2人ともすまないな、夜分遅くに――」
学長の言葉にイリスは「いいえ」と、返答しアルヴィスは無言で
「呼び出したのは他でもない――」と、要件を口にするが、アリスは「いや」と言葉を遮り「私から話します」と、席から立ち、2人に歩み寄り、イリスに視線を向けた。
「イリス。心を強く、冷静に、わたくしの話をお聞きなさい――いいですね?」
アリスは何かを躊躇った表情で一度深呼吸し、イリスの両肩に手を添える。イリスは「か、畏まりました」と、普段とは全く異なるアリスの姿に、イリスは息を呑む。
「先程、帝都が敵国ディクタトルによって、陥落間近だと、皇族専用の伝書鳩より通達されました」
イリスは絶句し声も出ず、アルヴィスも腕を組んで何かを考え始めた。
「詳細は記載されておりませんが、私はこれを偽りではないと判断し、一刻も早く帝都に向かう必要が御座います。
しかし私単身では、焼け石に水。そこでここの学園に助力の要請を致しました」
アリスは視線をアルヴィスに向け、「また今回、君に私の参謀を依頼したい」と、口にする。
自身に指を差し「学生の自分に?」と、返答すると、アリスは真剣な眼差しのまま「マックベイ少佐を戦略で打ち負かした君だ。君以上に適任者はいない」と、口にする。
「それは、実力不足という言い訳を私から封じた訳ですか?」
アルヴィスの言葉に、緊張の空気が流れ学長とイリスは、不安な表情を浮かべるも、2人のやり取りを見守るしかなかった。
「いや、そんなつもりは毛頭ない。それよりも皇女が直々の依頼を断るつもりなのかな?」
淡々としたアリスの言葉と、暫しの沈黙で、イリスはゴクリと、緊張で唾を飲みアルヴィスの返答を無言で窺う。
その視線に気付いたアルヴィスは、口角を上げ「それは一国民として、不敬の何でもないです。勿論、
「では、学長も含め、皆さんに色々とお聞きして宜しいでしょうか?勿論、分かる範囲で問題ありません」
「私は問題ない」と、アリスが答え、学長も「勿論」と、言った。
「まずは皇女様。帝都から離れて何日が過ぎておりますか?」
「2週間だ」
「では、帝都から皇女様へ伝書鳩が届いたのはいつですか?」
「2日前だ」
「次に学長、ディクタトルから帝都まで行軍に何日かかりますか?戦力は帝都を陥落出来る数と仮定して下さい」
「帝都を陥落させる事が可能な戦力は、最低でも3万は必要として、単純に帝都までの行軍だけであれば最短でも1週間。
しかし、それまでの道のりには、5つの村と2つの町。そして、我が国3番目の規模である要塞都市が1つ。最低でも、1ヶ月はかかる筈」
「それはつまり、私が敵国の情報を見落としていなければ、敵はただ行軍して帝都までたどり着いた訳か?」
「残念ながら――しかしながら要塞都市は、宰相のロー伯爵が統治していた筈」
「いや、ロー伯爵は帝都に滞在していた。現在は、ロー伯爵の嫡男が彼の代理を務めていた」
「では、メイ先輩の義兄が敵側に寝返った事になる。その場合、3万よりも多い。いや、行軍に重きを置けば、寧ろ少ない可能性もありますね」
「参謀を務めるという事は、全て私の指示で動いてくれるという事でしょうか?」
「勿論」
「多少、金額が張る方法でも宜しいでしょうか?」
「それが必要であれば問題ない」
「感謝します」
アルヴィスは学園長に、学園から帝都までの地図と、大きな紙を複数。そして、筆記用具を用意するように頼んだ。モノが届くと、彼は椅子に座り、何かを確かめながら、地図に印をつけ始めた。
「早速ではありますが、かなり強引な方法をとります。学長はまず、教員の方を先行して牽引用の馬を300頭用意して下さい」
「何故、牽引用の馬を?」
「学園から帝都までの行軍は、500未満とはいえ3週間はかかる。それを1週間までに到着させます」
「まさか、全員を馬で移動させるつもりか?だとしても馬の数が――」
「いえ、全ての馬を同時に使用するのではなく、なるべく均等の間隔で馬を各拠点に配置してもらいたいのです。そうする事で、均等に且つ、安定な速度での行軍ができる」
アルヴィスは書き終えたのか手を止めて、3名が見えるように地図を移動させた。
「これが中継箇所です。各箇所に30頭ずつ配置していただくように、学長から伝えて下さい。学園内の馬は50頭なので、30頭は最初の拠点までに、残りの20頭に関しては教員の移動手段として使用して下さい」
アルヴィスは学長の返事を待たず、今度は用紙に線を書き始めた。
「馬は死なずに済みますし、後々の伝令役として利用できます。ただ、金銭が多少かかりますが牽引する荷台は、この前の遠征時のモノと、近辺の方々に借ります。
申し訳ないですが、これも教員の方に協力を、交渉時間が短縮出来る。生徒については各々の支度と、イリス様」
「は、はい」
「あの
「分かりました」
「これが出発時の順番。出来れば朝には出発したい」
「では、今すぐにでも、皆にこの事を伝えてきます」と、渡された紙を見つめたまま、扉に向かう。
「頼む」というアルヴィスはの言葉と共に、イリスが学園室から退出した。その姿に慌てて、学長も彼女の後を追って退出する。
「私は何をすればいい?」
アリスは、また何かを書き出したアルヴィスに尋ねた。
「そうですね。暫くの間、ご飯と風呂は我慢して下さい。後は何も求めません」
イリスは「分かった」と、アルヴィスの向かい側の席に座り、溜息をつく。
何かを書き続けるアルヴィスは「心中、お察しします」と、呟いた。
「何故君は、いとも簡単に状況を受け止め、行動できる?」
「今更何を」
「頼んでいて何だが、私が同じ立場なら君のように動ける自信はない」
「随分と弱気ですね。いつもの皇女様であれば、そのような事――偽物ですか?」
「事が事だ。今までは冗談を交えても、何ら問題はなかったが、人の生き死にがかかっている。
「まったくその通りです」
「それで勝算はあるのか?」
「相手の状況も分からないのに?」
「君は勝てる試合しかしないだろ?」
「それは自分の事を大きく誤解している。自分は勝ち負けでは動きません」
「では何を持って、君は動く?」
「物事にもよりますが、その行為に意味が少しでも見出せれば――」
「意味?」
「大半の者は、勝つ事が目的ではありますが、私は別に負けてもいいと思っています。あ、今回の事ではなくてですよ?」
「分かっている。それで?」
「
「ホントに、君は変わっている」
「クラスメイトによく言われます」
「フ、だろうな」
その日、太陽が昇るまで、学園から明かりが消えることはなく、朝方には馬の鳴き声と、蹄の音で周囲は騒がしかったという。
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