13,2つの情勢
「男性陣のみとは珍しい」
旧校舎の一室に入るなりアルヴィスは、そう口にすると向かい合わせで座っている男性2人は彼に視線を向けた。
「アドバイスするのは、イリスの方が上手いからな。それに俺はメンバーの中で座学が一番苦手だし」
ヴォルトはペンをくるくると回しながら、椅子の背もたれによっかかり返答。一方、ヨシアは「俺はそのお目付け役」と、溜息交じりで答えた。
「確か、今日は崖登りだったか?」
アルヴィスは、2人が向かい合う机の横に座ると、窓の外をみつめる。
「ああ。鬼畜メニューはいつもの事だが、非戦闘員のオリヴィアとエヴァに、あのメニューはいくら何でも荷が重くないか?」
「同じ状況になった時、『出来ません』は死を意味する。今の内に己の限界を知るべきだ。それこそ、卒業後“政界”に進路を進めるなら話は別だが」
「政界ね。お嬢とオリヴィアあたりはありえるか」
「ヨシアは?オマエはイリスの側近だろ?」
「流石に政界の道はないな。数年間、軍人に
「こんなに知っているのに?」
「知っているのと実際に行うのとは違うのさ」
「成程?」
言葉とは裏腹に、表情に納得していないヴォルトに対し、アルヴィスは机に広がる一つの資料に目を通す。
「政界と言えば、今何を?」
「隣国“ディクタトル”の後継者問題について」
ヨシアの応答に「あの三兄弟か」っと、資料の
「そう、長男、次男、三男の陣営について」と、ヴォルトは3名の顔写真をアルヴィスに見やすいように広げた。
一番左の写真の男性は、体の線が細いが自信に満ち溢れている整った顔立ちの男。中央の写真は、全体的に太めの体型をした男。そして右の写真の男は、青年とも言えない少年だった。
「ヨシアの総評は?」
3枚の写真を見つめつつ、ヨシアに質問するアルヴィス。
「長男のコットスは、政治に長けるが賄賂三昧に、女遊びが目立つ。次男のブリアレオスは、軍事に長けるが、脳筋過ぎて政治をまるで分かっていない。三男のギエスは、幼過ぎて情報不足。
更に、あそこは悪い意味での風習を重んじる国。後継は長男に一票。と、言いたいが――」
「言いたいが?」
「三男の陣営に、無視出来ない側近が現れた」
ヨシアはアルヴィスの前に、一枚の写真を見せる。その男は、仮面とフードを被った人物だった。
「この男、以前から国全体の問題となっていた種族
「ほう、それは興味深い」と、アルヴィスはその写真を手に取る。
「更におかしい話。三男の陣営における政治と軍事権限の両方をその1人の男に持たせているらしい。新参者なのにも関わらずだ」
「勢力として一番小規模とはいえ、あの保守的な国の考えから少々逸脱している。故に、無視出来ないか」
「だが、ここまで台頭しているのにも関わらず、この写真と名前が「タルタロス」と、呼ばれている事だけ――」
「タルタロス?」
「聞き覚えがあるのか?」
「いや、気にしないでくれ。それよりも、汚職や賄賂が
「ここだけの話。俺たちの国もそう変わりない。人間主義、年功序列、汚職、賄賂。互いの足の引っ張り合いなら五十歩百歩。
幸いこちらの方が、まだ優秀な人間が多い分、優位性を保ってはいるが――それだけだな」
「おいおい、貴族様がそんな発言。大丈夫なのかよ?」
「だから、ここだけの話と言ったろ?思った事を言えるのが、ここに入った数少ない良い事だ」
「違いねぇ」と、ヴォルトは苦笑する。
「ヴォルト、自分がいつも言っている言葉。覚えているか?」
「えっと、『真実に惑わされるな、事実を見定める事が肝要』だったか?」
「ヨシアの今の発言は、どっちだと思う?」
「う~ん。真実かな?」
「そうだ。今の発言は、ヨシアの主観での話。だが、それはあくまで“今”の話」
「今?」
「これが遠い未来の人間は、この事を“事実”というだろう」
「何故?」
「良い事も悪い事も、いずれ明るみになる。特にそれが悪ければ――」
「ん?」と、ヴォルトは首を傾げる。
「残念な事に、人は自分とは関係ない悪い話しを好む。何故ならば、自身が優位でいられる。どの世界でも、
「胸糞悪い」
「違いないが、それが人間の本能みたいなモノだ。悪政が
「つまり、時間の経過で真実は、事実になるって事か?」
「そうだ。結果が出てない事は、誰が何を言っても視点の数だけ“真実”に過ぎない。だから、何が“未来”で事実に繋がるのかを見定める事が肝要という訳だ」
「それが今までの訓練に繋がっている?」
「そう。経験と知識を入念に集め、正しい選択肢を選ぶ。崖登りもその一環さ」
「いつもオマエの話は哲学的で、屁理屈に聞こえるな」
「誰も彼もが避けたがる内容である事は、否定しない。難しい内容を避けたい気持ちも分かる。だが、そうした結果は概ねろくでもないと、歴史が証明している以上、避けない事をすすめる」
◆◆◆
「終わった~!」
旧校舎の裏山にて、アルヴィスの課題を終えたオリヴィアは、大きな声を叫び横たわる。
「お疲れ」と、イリスが冷たい飲み物が入った容器をオリヴィアに渡した。
「結局、夕方になってしまった。すまない」
と、言って受け取ったオリヴィアは、一気に容器の中身を口にする。
「仕方がない。不得意に関しては何事にも時間がかかるものだ。私の場合、以前に何の意味か、大量に作らされた特殊な
あの松明を私の3倍のスピードでオリヴィアは作ってしまった。結果、私の半分を代わりに作ってもらった。気にする事はない」
「そう言ってくれて助かるよ。そう言えば、他のメンバーは?」
「先に旧校舎へ向かってもらった」
「成程」と、勢いつけて立ち上がったオリヴィアは、迷った表情を浮かべる。それに気付いたイリスは、彼女に「どうした?」と、尋ねた。
「ここだけの話。イリスは兄弟子の事が好きか?」
その言葉を聞いたイリスは、暫しの沈黙の後、徐々に彼女の頬が赤く染まっていく。
「な、な、な、な」と、ようやく口で発した言葉もたどたどしく、オリヴィアは呆れた表情になった。
「いや、もういい。答えは分かった」と、旧校舎へと足をのばそうとするオリヴィアだったが、反射的にイリスは彼女の腕を掴んだ。
「何故、急にそんな事を?」
オリヴィアはまた悩んだ表情を浮かべるが、今度はすぐに口にする。
「私は今まで、チェスしかしてこなかったが、この活動で今まで見えてなかったものが、見えるようになってきた。その一つが、乙女心だ」
「お、乙女?」
「何か文句でも?」
「い、いや」
「分かるさ、私のような堅物が、何が乙女心だって」
「いや、私も堅物だから気持ちは分かる――つもりだ」
「確かに」と、オリヴィアは苦笑した。
「そこは――否定してほしい」
「拗ねるな。と、話が脱線したな。まぁ何だ、結果から言えば、君の目線は、8割方が兄弟子に向けられている」
「――」
「否定はしないのだな」
「まぁ、事実だし」と、赤面しながら下を向く。
「あとやたらに、兄弟子への質問が増えた気がする」
オリヴィアの言葉で、更に視線が下がり、頬を掻くイリス。
「よくない事だと、分かっている。公爵の娘が男爵の倅に好意を向けている事は――」
「いや、別に悪いかどうかを言いたい訳ではない」
「え?」
「私はただ、答え合わせがしたかっただけだ。だから、別にこの話はこれで終いだ」
「え?」
唐突に質問をしたオリヴィアは、唐突に質問を切り上げてしまい、イリスを置いてスタスタと旧校舎に向かってしまう。
「何なんだ」と、イリスは首を傾げた。
「成程。やはり、同じ行動をしているという事は、同じ思いである可能性が高いという事か」
オリヴィアは、イリスが近くに居ない事を確認してから、自身の胸に手をあてて、自身の鼓動が早い事を確認し、溜息をつく。
「さて、どうしたものか」
オリヴィアが空を見上げると、既に太陽は沈みかけていた。その夕方の空には、1羽の皇族専用の伝書鳩が、学園の職員棟に向かって飛んでいた。
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