12,成長

ムーガ・マックベイ少佐。


帝立軍事学校「ディオス」の第46期の卒業生。筆記、実践、共に1位を取った10年に1人と言わしめた天才。


卒業後も、軍のエリート街道を順調に進み、1年前には長らく争いが続く西の国『ディクタトル』との戦闘で、相手の王族の首を討ちとり、一躍いちやく時の人物となっていた。


学園の誰しもが、今回ばかりは『無敗のダークホース』も、敗北するであろう。そう思っていた。しかし――。


「はぁ、つまらない」


「兄弟子よ、今までになく機嫌が悪いな?」


試合の終わりを告げるラッパの音を聞き、本陣の天幕にて、椅子いすに座るアルヴィスが溜息を付く。それを横目に、頬を掻くオリヴィアが居た。


「悪くもなる。話によれば、今回のもよおしは、あのお転婆皇女が、マックベイ少佐をきつけた結果だとか――。


自分に対しての怒りなのか、ねたみなのかは知らないが、不純な動機の上、この状況――。相手が、相手でなければ、罵詈雑言ばりぞうごんを言いまくりたい」


「既に皇女閣下を『お転婆』と言っている時点で『時、既に遅し』と思われるが?」


「以前に会話した際、とある情報を代償に、彼女の暴言の一切を許してもらっている」


「情報?」


「学年別対応の2試合目の全てだ」


「それって――大丈夫なのか?」


「睡眠草の件か?あれは『それは凄いな、私にも分けてくれ!』とせがまれたぐらいだったな」


「ふむ、何度かあの方に謁見したが、そんな態度を――人とは分からないものだ」


「分からんさ。自分と他人は一生理解できない」


「それも教訓か?」


「いや、事実だ」


「事実か。以前から気になっていたが、兄弟子はやけに“事実”という言葉を多用するな?何か理由があるのか?」


「近い言葉に“真実”という言葉がある。それと区別する為だ」


「だとするなら、先程の話は真実では?」


「君は、馬鹿か?」


「――」


「その気に食わない顔は、直した方がいい。


確かに、はたから見れば、自分の個人的解釈のように聞こえてもおかしくない。しかし、オリヴィア、君の中で一番慕う者は誰だ?」


「師匠」


「では、何故君はその師匠に騙された?」


「――」


「別に、君だけの事ではない。全ての人間。いや、全ての生物が1つの生命として生まれ、生き、そして死ぬ。


その間に他の生命と交流する機会はあれど、そこに10割の理解は得られない」


「何故そう言い切れる。私の父と母は、暑苦しいぐらい仲睦なかむつまじい夫婦だぞ?」


「共感や愛情といった感情で限りなく10割に近付く事はできるかもしれない。しかし、それはあくまで近付くだけで、完璧ではない。


仮に10割の関係を築いたとしても、それは1つの生命体ではなく、別の存在となってしまう」


「始めと終わりで、違うモノという事か?」


「何の話をしているんだオマエ等?」


2人の会話に介入してきたのは、天幕に入ってきたのは戦闘を終えたヴォルトだった。その背後からは、イリスとメイの2人も続く。


「いつもの授業だ」


「オレたちが戦っていたのに?」


「そんなに大変でもなかったろ?」


「確かに、『次世代のホープ』やら、『西の英雄』と言われた割には脆かった」


「ただ今回やった作戦は、イリスとの試験の応用だがな」


アルヴィスとヴォルトの会話の中、天幕中央に置かれた机の上に近付くイリスは、演習区域の地図に指を差す。


「メイ先輩がたった1人で敵の前線で少し暴れ、そのまま撤退。それを追走する敵側の戦隊は、縦に伸びるそこを私とヴォルトが、左右より挟撃。前線と本体を分断させる」


「前線との連絡が途切れて混乱する本陣に暇を与えず、ユリウスとヨシアの遊撃隊で本陣を奇襲し、この戦闘は閉幕だ」


イリスに続き、オリヴィアの説明に一同が黙って頷いた。


「相手が調子に乗って、弓隊を下げたお陰だな」


「はぁ?アルがそうさせたのだろ?『皇女様に良い顔出来ますよ』とか何とか――」


「使えるモノは、使うべきだろ?」


「恐ろしい男だな。で?次の相手側の行動は?」


「単純だろ。次はハンデなしで、もう一戦を要請してくる」


「伝令!」


全てが仕組まれているかのように、天幕より伝令係の生徒が伝幕に入って来た。


「マックベイ少佐から伝言です!『よくぞ我等に勝利した、称賛に値する!次は正々堂々、ハンデなしで戦おうぞ!』以上です!」


アルヴィスは「畏まったと、そう少佐に伝えてくれ。それとこの手紙を3時間後に皇女様へ」と、伝令に伝える。


「つまらない男だ」


伝令が天幕から去った途端、机に肘を置き、地図を眺めるアルヴィス。


「オレたちも当時は、こう思われていたのか?」


メイの言葉にイリスは顔を曇らせ、メイと共にアルヴィスに視線を注ぐ。


「今回が酷いだけ。いや、と言うよりも、こちらが強すぎた事が原因だろう」


イリスは「と言うと?」と、アルヴィスに質問する。


「最初の頃は、同等の戦力。若しくは、劣勢の状況が多かった。チェスで言えば、ハンデなし。又は、1つのポーンを落とした状況だ。


しかし、オリヴィア、イリス、ヨシア、メイ先輩と主力級が増え続けた事と、ヴォルトたちの成長により、チェスで言うクイーン級が増えた。


正直、この戦力なら3倍。いや、5倍の戦力差があっても、あの連中ぐらいなら勝てるだろう」


「それは、言いすぎだろ?――俺たちは嬉しいが」


ヴォルトの発言で周囲の人間が照れている中、アルヴィスは、ジッと卓の地図を見つめながら、「いや、そうでなくては困る」と呟いた。


その言葉で周囲の空気は何故か凍り付き、一同はアルヴィスに視線をあつめる。


「何故ならば――」


一同は彼の次の言葉を待つ中、「アルヴィス、次の戦闘についてなのだが――」と天幕が揺れ、ヨシアが現れた。


「どうする――つもり」


言葉を続けるヨシアだったが、周囲の重い空気を感じ取ったのか、言葉が途切れる。


「この話は、次回にしよう。皆いいな?」


一同は腑に落ちない表情を浮かべつつも、無言で頷いた。


「何か――マズかったか?」


「いや、問題ない。次の作戦について説明する」


そう言って中央の地図に、集まりだしアルヴィスの説明に全員が集中するのだった。



ディオスの学生と、次世代のホープが率いる新兵たちの実践試合を一望できる小さな丘の上、アリスが溜息を漏らした。


その原因は、目の前の新兵だちが、総崩れを起こす光景だったからだ。


「結局、10年に1人の天才も、彼の前では赤子か」


マックベイ少佐が強引に始めた2戦目。

ハンデなしと言えば聞こえが良いが、1年未満の訓練しか行っていない学生が含まれた隊。それに本気で潰そうとする馬鹿共。


しかし、結果はどうだ。

あの子は見事に、相手の数手。いや、それ以上先の状況を見据え、完膚なきまでに相手を潰した。


要因の一つは、あの子の教え子であるという7名の生徒。イリスとメイはともかく、他の生徒はあの子によって見出みいだされた。


その期間たった半年、一体何をどのように訓練すれば――。


「アリス様。アルヴィス・ゴードンより手紙が」


彼女の側近が呼びかけと共に、一枚の手紙を彼女に差し出した。アリスは無言でその手紙を開け、内容に目を通す。


「あの子の故郷に?」


全ての内容を読み終えた彼女は、手紙に記載された内容の意味を思惑を模索する。


これも何か意味があるのかしら?だとすれば、無下には出来ない。だけど――。


「流石に、父たち全員を連れて行く事は出来ない。さて、どうしましょうか?」


再び溜息をついたアリス。それと程なくして、2試合目の終わりを告げるラッパの音が聞こえてきた。

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