11,噂

学年別対抗試合から既に1ヶ月が経過したあくる日。ヴォルトは、月に一度廻ってくる日直の仕事を終え、最早定番となっている旧校舎へと足を延ばす。


メンバーの集う教室のドアを開けると、そこにはイリスのみが、本を読みながら自身の席に座っていた。


「他の連中は?」


「エヴァとオリヴィアはアルヴィスのノルマをこなしに外へ、ユリウスとヨシアは買出しに校外へ、アルヴィスは用事で先に帰った」


イリスは視線を動かさずに、事の状況を説明し、「成程ね」と、ヴォルトは自分の席に腰かける。


「それにしても、随分と変わったな」


ヴォルトは横目で、読書を続けるイリスを見つめる。彼女は本を捲りながら、「私がか?」と返答した。


「始めの頃は、何やっても嫌な顔ばかり」


「此処では自尊心というモノを粉々に潰す“師”がいるからな」


「その師の事なんだけどよ――」


イリスは、次のページを捲ろうと手を伸ばすも、ヴォルトの言葉で手を止めた。


「あの学園最強と言われたメイ先輩が、頭を下げてこの部活に入った」


「今更何を――」


イリスは本を机に置き、ヴォルトに視線を移す。


「今じゃ、この学園では、アルの名前を知らないヤツは居ない」


「前置きはいい、本題は?」


少し間を置いてから「変な噂を聞いてしまった」と、ヴォルトは気まずそうに口にする。


「噂?」


「恐らく、オリヴィアが唆された内容かと」


「成程、私にその話をしろと?」


「話が早い。流石は、公爵令嬢様だ」


深い溜息をつきながら、俯くイリス。暫く何か思い悩んだ後、彼女はアルヴィスの過去を、語り始めた。


「今から8年前。マクロフィア島の島主を代々務めるゴードン家には、2つの問題があった。1つは、ジパ族との抗争問題」


「ジパ族?」


「そうだ。今やジパ族も、我等と同じ国民として認知されていたが、8年前までは異民族として扱われていたのさ。で、2つ目の問題。それはゴードン家の跡取りが、不治の病に侵されていた事だ」


「その跡取りって――」


「ああ、アルヴィスの事だ。今の彼を知っている者なら信じ難い事だが、完治する見込みのない心の蔵の病だという。さて、話を戻そう。1つ目の問題は後で説明するとして、2つ目の問題は、彼の母にまで影響を及ぼしたらしい」


「ん?」


「彼の母“イヴ・ゴードン”は、息子を弱愛していたらしく、息子が弱っていくのと共に彼女の精神も弱っていった。結果、彼女は息子とは異なる病におかされた。そんな最悪の状況の中、噂の元凶の日を迎える。


その日は酷い嵐だったらしく、島民の殆どが自宅に居た。なので、目撃者はごくわずかだったのだが、女性の叫び声と共に、とある衝撃的な事を聞いたとか――」


「何て?」


「『アルが死んだ』と――」


「はっ?でも――」


「言いたい事は分かる、まぁ最後まで聞け。恐らく、いや間違いなく、その人物はイヴ・ゴードンだと思われる。


しかし、後の調べで分かった事なのだが、当時の彼女は、毎日のように悪夢を見続けており、目が覚めても、夢と現実の区別が出来なかった事が時折あったそうだ。


その為、その嵐で起きた出来事は、『息子が死んだ悪夢を、彼女が現実と勘違いした』そう周囲の者たちは、結論づけたという。実際、アルは生きているしな」


「悪夢――ね」


「ただ――」


「ただ?」


「その嵐の日から数日後。何故か、アルヴィスの病は完治したという」


「え?」


「また偶然にも、その翌月にはジパ族との抗争が解消しただけでなく、ジパ族は帝に服従した」


「おい、それって――」


「更に、病を完治後、島民は口を揃えてこう述べたたという――



『アルヴィス様は、変わった』と――」



続けざまにイリスの口から告げられた出来事に、ヴォルトは何も言えなくなり、張り詰めた緊張がはしった。


「本人が居ない事を良い事に、面白い話をしているではないか」


そんな重い空気の中、ケラケラと笑う女性の声が教室のドア付近から聞こえた。2人が同時に視線を動かすと既に開いていたドアから2人の女性が、顔を覗かせていた。


「オリヴィアにエヴァ」


アルヴィスの過酷なノルマをこなしたから、オリヴィアとエヴァは、布で汗をぬぐいつつ、各々自身の席に座る。


「不治の病にかかっていた頃の彼を知っている1人として、話してやろうか?」


「いいのかよ?」


「別に知ったところで何も変わらない。そうだろ?」


ヴォルトは無言で頷いた。


「そうだな、変わったのは性格。いや、人に対する姿勢か」


「姿勢ですか?」とエヴァが聞き返す。


「ああ。私と初めて会った時。兄弟子は伯爵令嬢であるこの私に『チェスは出来るのか?』と間髪入れず言ってきた」


「も、勿論。立場の事は知って――」


「いるに決まっている」


「「「だよな~」」」


「実際、私の最初に付けられた綽名は『伯爵娘』だぞ」


「確信犯かよ」


「でも――今の彼からだと、想像もできない横柄な態度ですね」


「そうか~?時折、アイツの琴線に触れる事を言ったヤツ等には容赦ないからな~」


そう言って、ヴォルトはイリスと、オリヴィアの順に視線を動かすが、2人とも彼から目線をらした。


「し、仕方がないさ、生まれてからも殆どが、ベットの上の生活だ。心もすさむ」


気まずそうな顔を浮かべながら、頭をポリポリとかくイリス。一方、オリヴィアは咳払いをして、手元の飲み物に口をつける。


「で、他の違いは?」


「昔以上に今の方が、頭のキレが鋭くなった」


「それは時間と共に伴った経験値のせいでは?」


「確かに、エヴァの言う事も一理あるが、島から一切でなかった兄弟子が一体どこで経験値を積む?」


「た、確かに――」


「いや、2度だけ島を出た記録がある。と言っても、母親の葬儀の時と、1年前だが――」


「アルのお母さんって亡くなっていたのですか?」


「アルヴィスが病は治っても、彼の母親の容態は変わらず、元凶の日から1か月後には亡くなったとか――あ、一つ思い出した」


「「「?」」」


「当時のゴードン家の使用人は、現在誰1人として生きていない」


「「「なっ!」」」


「確か、当時3名の使用人がおり、年長のご老体は隠居後に老衰。イヴの嫁入りで付き添った中年のメイドは、イヴの死後に引退するも、故郷に帰る途中で事故死。


そして、金で雇われた当時20代の女の傭兵は、契約満了後に行方不明。実質、死亡扱い」


「やめてくれよ、まるで隠蔽工作したような言い方」


「貴様が教えてくれと言ったのだろ?それに、3人が亡くなったのは、時期も場所もバラバラだ。ご老体は島で5年前に。メイドはジパ族の島で8年前。傭兵は本国で1年前」


「ジパ族の島?」


「ああ、イヴとメイドは“ジパ族”だった」


「つまり、アルはジパ族とのハーフ?」


「そうなるが、それが何か?」


「いや、その割には貧弱だなぁ――と」


4名の会話中に、教室の扉が音をたてて開く音がした。皆は反射的に驚き、皆一斉にドアへと注目する。その視線の先には、ユリウスとヨシア。そして、メイの姿があった。


「アルヴィスは今日、帰ったよな?」


先頭で教室に入ってきたメイが皆に一同が頷く。


「そうか」そう言って、腕を組むメイ。


「どうかしました?」


「うむ。本来なら、アルヴィスに一番早く言うべき事柄だが、仕方がない」


一同が互いの顔を見合わせ、首を傾げている中、決意を固めたのか、メイが口を開く。


「来月、本国の軍隊との演習が決まった。指揮官は、軍内でのホープ“ムーガ・マックベイ少佐”だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る