2章【暗雲】

10,学年対抗戦

唐突ではあるが、オレは今、人生初の危機とやらに直面していた。


親は早くに死に、オレは孤児院でつまらない日々。そのつまらない日々を解消してくれたのが“喧嘩”である。


何故かは知らないが、普通の連中よりもオレは“勘”と“要領”が良いらしく、相手が何をするのか?どうすれば相手を倒せるか?を、物心がついた頃には身につけ、毎日のように喧嘩する日々だった。


その相手は、男だろうと大人だろうと関係ない。知らず知らずのうちにオレは、その地域のボスになっていた。確かあれは、10才くらいだったか。


しかし、その地域の領主様とやらが、治安向上を目的に、オレたちがたむろする場所を潰された。オレは怒りに身を任せ、領主の家に殴り込む。だが、オレは数の暴力で、初めて負けた。


本来であれば、そのまま処刑となるところだが、何を気に入ったか、その領主様はオレを養子にしたいと言い出した。周囲の反対も、全て論破したその物好きは、貴族の名家である“ロー”一族の主だという。


養子と言っても、名前はそのまま「メイ・カーミス」と名乗る事となった。理由は、それが周囲へのジョウホ?だとか、よく分からんが、死ななければ、何でもいい。


オレの年齢が、15になった時。養父ちちは、軍事学校に入らないかとオレに提案してきた。正直、面倒だったが、命の恩人の言葉を無下にする程、オレは廃れていない。


色々と問題はあったが、無事入学試験を終え、学生生活を続けている。だが、未だオレには、思うところが一つあった。それは――。


「はぁ、使い方がなってない」


オレは先程言った通り、危機的状況にある。その元凶となる張本人が深い溜息をつく。


「何?」


事の発端は、学年別対抗戦。1学年と2学年の全生徒が学年ごとに分かれた模擬戦。


「先輩は、自身の力を何の為に使っているのですが?」


「そんなのオレ自身が必要と思った時だ」


1試合目は、いとも簡単に1学年が敗北した。但し、そこにコイツは居なかった。そう、コイツは上級生のオレたちに、ハンデを与えたのだ。


「その基準は?」


続く2試合目の今回、流石のコイツも慌てたのか、模擬戦に参加する。噂では、奇策ばかりを多用する変わり者であった為、万全を期して臨んだ――筈だった。


「基準だって?」


(そんな事、考えたこともない)


「いや、それは嘘です」


だが開始直後、相手が展開した7つ部隊に翻弄され、連携系統が崩れただけでなく、オレの周囲を徐々に徐々にと孤立させていく。


「っ!」


(今、オレは声をーー)


「発していない。えぇその通り」


(これが“無敗のダークホース”の読心術か)


そして伝令の話が本当なら、既に残っている部隊は、オレの居る本陣のみとの事だった。


「先輩は過去、2度の敗北を経験している」


「――」


「1度目はロー伯爵の屋敷にて、2度目は入学試験にて、どちらも貴女は“個人”的な理由で、問題を起こし、偶然にも事なきを得た。しかし、それが貴女にとって“どうにかなる”と誤った解釈に囚われてしまった」


「っ!」


オレは返す言葉もなく、下を向く。が、オレはすぐにあの事を思い出し、笑みを浮かべて頭を上げた。


「じゃあ、教えてくれよ。オレはどうすればいい?不敗のダークホース、アルヴィス・ゴードン!」


(さぁ、何を言う?何を言っても『知らん』と馬鹿で突き通してやる。どうせ、読心術も完璧では――)


「甘えんな!」


「え?」


「1度目も、2度目もそうやって“馬鹿な振り”をして、実際は分かっていた筈だ」


「――」


「ロー伯爵が、貴女をこの学校へ入れたのは何の為だと思いますか?」


(もしかして、養父ちちはオレの真意を見透かされていた?)


「貴女は少なくとも、“考える事が出来る”人だ。だから、ロー伯爵は貴女にチャンスを与えたのでしょう」


「そんな事――」


「当たり前?いいえ、違います。目の前の現実を見て、反応する。それなら確かに、当たり前です。ですが、そんな事、動物にでも出来ます。私が言う“考える”という事は、自身の行動に“意図”や“意味”を見出している人の事です


『何となく』、『適当』。それも別に悪くはない。ですが、そこに成長はない。成長がない人間。いや、生き物に未来などない」


「随分と強い言葉だな」


「どう思われても結構。ですがそれが事実。進化できない生き物は絶滅し、進化し続けた生き物が生き残る。それが自然の摂理。これは自分たち人間も例外ではない」


「それが、考える事だと?」


黙ってアルヴィスは頷いた。


「自分は優秀な方が好きです。統率、武力、知力、運。何でもいい、才能あるあらとあらゆる方が――。しかし、その大半が一時的な気の迷いで、それを放棄して表舞台から消えて行く。それが、とても苦しい」


「何故だ、ライバルが減るに越したことはない」


「はぁ、分かっていない」


「何?」


「だったら、1学年と2学年。人数の差異はほぼゼロ。強いて言うなら、貴女方は1年多く、経験と知識をこの学び舎でつちかっってきた筈。なのに、この状況をどう説明します?」


「そんなの優秀な駒が――」


「駒?」


「ひっ!」


(こ、このオレが悲鳴を――)


「駒は自身が動かすからこそ“駒”だ。だが、それには限界がある。1人の脳で処理するには、いずれ限界を迎える。それを補う事こそが“情報”であり、“準備”であり、“連携”です!


また、馬鹿げた質問をする前に、宣言しましょう。今回に至っては自分から皆への指示は、一切行っておりません」


「そんなの嘘だ!」


(だったら何故、一糸乱れず、絶妙なタイミングでの奇襲と連携が取れた)


「自分は、嘘を言うのは嫌いでして。特に、言ってすぐにバレる低俗な嘘は――」


「だったら、何故?」


「それは、自分で“考えて”下さい」


アルヴィスの台詞と同じくして、試合が終了する鐘の音が、周囲に木霊する。どうやら、オレたちは、敗北と判定される規定人数にまで達してしまったようだ。つまり、2試合目は、2学年敗北という形で、幕を下ろす事となる。



2試合目が終了してから1時間の休憩期間が設けられていた。メイはその時間を利用し、1学年側の野営地へと侵入する。勿論、そのような行為、ルール違反なのだが、それを犯しても、彼女には確認したい事があった。


それは休憩時間に入った直後、次の3試合目。再びアルヴィスが、模擬戦に出場しない事を、告げられたからだ。


「ちげぇって!それだと前と一緒だ」


「いや、同じ行動敢えて行って――」


他の2学年は「なら、次は楽勝だと」1試合目の事を思い返し、歓喜の声をあげる。そして、3試合目が開始されるまで、ゆっくりと休憩するという方針となった。しかし、それに危機感を覚えたのがメイだった。


(まぁ、ただの模擬戦だからな、主要の連中以外は休憩だろう)


メイは容易に侵入する事が出来た。理由は、野営地周辺に護衛が誰一人もいない事にある。

彼女はそれをいい事に、騒がしい方向へと素早く移動する。


メイは目的地に到着すると、運よく手頃な物陰を見つけ出し隠れた。その位置だと、都合よく騒がしい方向を一望できる。彼女はバレないように、声がする方向へと視線を動かす。


「だから――」


そして、その光景にメイは絶句した。


「それだと、メイ先輩が突っ込んでくるだろうが、前回と同じようにして、相手を油断させる事は賛成だが、その後の展開が甘くないか?」


「いや、まだ我々は、アルヴィスの指示のように臨機応変な陣形を多用出来ない。ならば、一番なれた。しかも、1試合目を彷彿する仕掛けになる方法を行うべきだ」


誰もいなかったのは、主要の7名だけでなく、1学年“全員”がヴォルトとイリスの話を、真剣に聞いていたからだった。だから、誰も居なかった。


(これは3試合目。オレたちの負けだな)

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