09,黒ずくめ
5名の黒ずくめは、灰色の雨雲が広がる空へ、右手のみを掲げた。すると、雨音は更に強く、雲はより黒く変貌し、雷鳴が
この黒ずくめの行動と、それに
動揺が治まる気配がない中、黒ずくめは次の行動にでる。大の大人3人分の高さの城壁から、一同に飛び降りて、地面へと着地する。
「「「「「……」」」」」
着地後すぐに5名は、周囲を見渡し、何かを確認する。
「「「「「いざ!」」」」」
目的のモノを確認できたのか、同時に発せられた大声は、周囲の敵を恐れさせる。
そして、5名は一緒に一つの目的地に向け走り出した。
◆
「黒ずくめの5人?」
外の異変と伝令の話から、即座にイリスは、ヨシアと共に本陣から城壁が見える場所へと飛び出した。しかし、伝令の言った黒づくめの5名は、城壁付近には居なかった。
「誰も居ないじゃないか?」
ヨシアが呆れた言葉を発した瞬間。
「「「「「いざ!」」」」」
男女の声が入り混じった怒号が、本陣までに届く。
「な、何だ?」
声の正体を探す為、2人は城近辺を探し始めた。
「急報、急報!」
前線に控えていた伝令が、2人の元へと走ってくる。
「どうした?」
「正体不明の黒ずくめ5名が、この本陣に迫って来ています!」
「此処にだと!」
ヨシアと伝令のやり取りを横目に、イリスは周囲を見渡した。すると、伝令が言っていた通りの黒い衣服を身に包んだ者が五名、本陣に向け、迫ってくる。
(間違いなくこれは、彼の仕業。人数から察するに、アルヴィス、ヴォルト、エヴァ、オリヴィア、ユリウスの5名だろう。しかし――)
イリスが迷っていたのは、誰が誰なのか。それも無理はない。5名は服装だけでなく、黒い軍手と黒い靴。そして、顔には黒い仮面で、誰どころか、性別すらも判断できない。
それに一役買っているのは、天気と状況の2つも含まれる。辺りは雷雲も含め、黒く染まった雲により、夜と同様に暗い。その為視界は、普段以上に悪い。
状況についても同様だ。5名の行動に混乱する味方の合間を縫って、本陣に向かっている為、味方が壁となり、一定時間の視認すらも許さなかった。
しかし、中央に近い3名に関しては、城門を突破する為の味方が集中していた為、進行が遅かった。
「ヨシア!一番左端の敵を!私は右端を!」
彼女の目線で意思を瞬時に
「他の者は、中央の3名を全力で足止めしてくれ!」
イリスの発する声で、我に返ったのか彼女の周囲の人間は「はい!」と応答し、3名に迫ってくる。
「「「チッ!」」」
進行が遅れている3名が、同じタイミングで舌打ちをする。
(恐らく、中央の人物は戦闘慣れしている人物である。アルヴィス、ヴォルト、ユリウス。そして、端の2人がエヴァとオリヴィア)
(だが、まさか主力の5名全員を投入してくるとは、先程の長期戦とは正反対で、この試合は速攻で終わらせるつもりか?一体何故?いや――)
「そんな事を考えるより、今は――」
「――」
イリスは、右端の黒ずくめに向かって全力で駆けた。その結果、すぐに目標となる人物と対峙する。
「目の前の敵を倒すのみ!」
自身が帯刀する剣を抜き、相手に向かって振り下ろそうと試みる。だが――。
「降参です」
「え?」
一切抵抗する事なく、右端の黒ずくめは、両手を挙げ、降参のポーズをとる。
「流石に、私がイリス様を相手に出来ないわ」
右端の黒ずくめは、そう言って仮面を取る。そこには、エヴァ・キャロルの顔が
「――」
予想外過ぎる結末に、絶句するイリスだった。
(何故?時間稼ぎもせずに、何の為に?)
が、すぐにその疑問は解決する。
「お嬢!」
ヨシアの声で、イリスは振り返る。すると、3名の黒ずくめは、本陣ではなく、彼女目掛け、迫ってくる。そして、周囲に味方が居ない事に気付くのだった。
(そうか、これは陽動と隔離。私がすぐに対処する事も、両端がエヴァとオリヴィアだと予想する事も、同時に撃退を試みる事も、全てアルヴィスが読まれていた)
「「「――」」」
(そして、ヨシアと味方から孤立させ、大将である私を3名で倒すという算段)
「参ったな」
イリスから、思わず言葉が漏れた。
(これでは、前回と全く一緒ではないか。慎重且つ、用心して事にあたった筈なのに、結局、彼の思惑通り。そして、それは私があの試験から成長していない証)
「お嬢!諦めんな!」
「ヨシア?」
ヨシアはイリスの元へと走りつつ、背中に背負った弓を掴み取る。そのまま、矢を引いた。その標的は、彼女に一番近い中央の右側である黒ずくめに標準をあわせる。
「っ!」
ヨシアが右手を離すと、標的である人物へと真っすぐに向かっていく。斜めの方向で進む、中央の3名の筈だったが、矢は標的に吸い込まれるように飛んで行き、相手の背中に突き刺さる。その直前――。
パシッ!
「な、何!」
矢は相手に命中する手前で、ヨシアから見て左横から“
「鞭は、オリヴィアの得意とする得物」
(つまり、中央の真ん中が、オリヴィア・カーライルだっただと――)
「馬鹿な」
(3週間前。AクラスとCクラスの合同演習の時の彼女には、どう足掻いても――)
「あめぇんだよ!考えが!」
「っ!」
以前、アルヴィスと同じ先読みだったが、それを口にした相手がヴォルト・クーパーだった事に驚く。彼は、黒い衣服に隠し持っていた短槍を投げ飛ばす。
「くっ!」
ギリギリでその短槍を避けられたイリスだったが、無理に避けた為、態勢を崩す。
「チェック」
そう呟いたのは、オリヴィアだった。
「なっ!」
イリスの右足には、オリヴィアの鞭が巻き付き、強く引っ張られた。イリスの右足が浮く。
(マズい!この状態で、敵の攻撃を回避する事は出来ない)
「――」
「ひっ!」
中央より左の黒づくめが、イリスの至近距離まで迫り、イリスは思わず声が漏れる。
(この状況って、以前にも――)
その時点で、彼女は確信した。目の前の人物がアルヴィス・ゴードンだという事を。
「チェックメイト」
静かに
「させるか!」
ヨシアは再び弓を引き、イリスを援護しようと試みる。
「相手に背中を見せるとは、なってない。アルヴィス様曰く『背を見せるは、意味のある時のみ』」
「いっ!」
ヨシアの右横腹から「ゴリッ!」と鈍い音が聞こえてきた。その正体は、ユリウスのフックの一打撃を受け、左横に吹っ飛ばされた。
(やはり、叶わなかった)
ヨシアが飛ばされた光景を見た彼女は、自身の敗北を察する。
(だが、これで1勝1敗。結局、次の試合で決着が――)
「だから、貴女は甘い」
トス。
「え?」
アルヴィスに仕掛けた攻撃は、確かにイリスの
「な、何のつもりだ?何故――ん?」
(何か甘いにお――あれ?)
「貴女は全てが優秀だ。だが、それは人から“教えられ、覚えた”だけ、自ら“考えていない”」
(意識が――)
「皇女様からは、“負けた”者のみ退学と言っていた。なら、どちらも“負けない”状況にすればいい」
(成程、認めよう)
「だから、三試合目を失くす状況にすれば、1勝1敗のまま“引き分け”になる」
(私は――彼には――いっしょう――)
「つまり、いやもう言うまい」
イリスが目蓋を閉じている事を確認したアルヴィスは、懐から空の小瓶を取り出し、自身の足元に捨てた。
――パリン。ゴリゴリゴリゴリ。
地面で一部割れた後、更に彼は、靴でそれを踏み潰す。
「この時代に、科学捜査がない事に感謝するよ。まぁ、仮にあったとしても、雨で全て流れてしまうけどね」
雷が再び鳴り響き、雨は土砂降りになっていく。アルヴィスは、不敵な笑顔を浮かべ、皇女の居る来賓席に視線を移すのだった。
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