09,黒ずくめ

5名の黒ずくめは、灰色の雨雲が広がる空へ、右手のみを掲げた。すると、雨音は更に強く、雲はより黒く変貌し、雷鳴がとどろくまでに至った。


この黒ずくめの行動と、それにともなう結果を垣間見た者たちは、怯えだす。「魔の類だ!」と叫ぶ者まで出始めた。


動揺が治まる気配がない中、黒ずくめは次の行動にでる。大の大人3人分の高さの城壁から、一同に飛び降りて、地面へと着地する。


「「「「「……」」」」」


着地後すぐに5名は、周囲を見渡し、何かを確認する。


「「「「「いざ!」」」」」


目的のモノを確認できたのか、同時に発せられた大声は、周囲の敵を恐れさせる。


そして、5名は一緒に一つの目的地に向け走り出した。



「黒ずくめの5人?」


外の異変と伝令の話から、即座にイリスは、ヨシアと共に本陣から城壁が見える場所へと飛び出した。しかし、伝令の言った黒づくめの5名は、城壁付近には居なかった。


「誰も居ないじゃないか?」


ヨシアが呆れた言葉を発した瞬間。


「「「「「いざ!」」」」」


男女の声が入り混じった怒号が、本陣までに届く。


「な、何だ?」


声の正体を探す為、2人は城近辺を探し始めた。


「急報、急報!」


前線に控えていた伝令が、2人の元へと走ってくる。


「どうした?」


「正体不明の黒ずくめ5名が、この本陣に迫って来ています!」


「此処にだと!」


ヨシアと伝令のやり取りを横目に、イリスは周囲を見渡した。すると、伝令が言っていた通りの黒い衣服を身に包んだ者が五名、本陣に向け、迫ってくる。


(間違いなくこれは、彼の仕業。人数から察するに、アルヴィス、ヴォルト、エヴァ、オリヴィア、ユリウスの5名だろう。しかし――)


イリスが迷っていたのは、誰が誰なのか。それも無理はない。5名は服装だけでなく、黒い軍手と黒い靴。そして、顔には黒い仮面で、誰どころか、性別すらも判断できない。


それに一役買っているのは、天気と状況の2つも含まれる。辺りは雷雲も含め、黒く染まった雲により、夜と同様に暗い。その為視界は、普段以上に悪い。


状況についても同様だ。5名の行動に混乱する味方の合間を縫って、本陣に向かっている為、味方が壁となり、一定時間の視認すらも許さなかった。


しかし、中央に近い3名に関しては、城門を突破する為の味方が集中していた為、進行が遅かった。


「ヨシア!一番左端の敵を!私は右端を!」


彼女の目線で意思を瞬時にみ取り「了解!」と返事をする。


「他の者は、中央の3名を全力で足止めしてくれ!」


イリスの発する声で、我に返ったのか彼女の周囲の人間は「はい!」と応答し、3名に迫ってくる。


「「「チッ!」」」


進行が遅れている3名が、同じタイミングで舌打ちをする。


(恐らく、中央の人物は戦闘慣れしている人物である。アルヴィス、ヴォルト、ユリウス。そして、端の2人がエヴァとオリヴィア)


(だが、まさか主力の5名全員を投入してくるとは、先程の長期戦とは正反対で、この試合は速攻で終わらせるつもりか?一体何故?いや――)


「そんな事を考えるより、今は――」


「――」


イリスは、右端の黒ずくめに向かって全力で駆けた。その結果、すぐに目標となる人物と対峙する。


「目の前の敵を倒すのみ!」


自身が帯刀する剣を抜き、相手に向かって振り下ろそうと試みる。だが――。


「降参です」


「え?」


一切抵抗する事なく、右端の黒ずくめは、両手を挙げ、降参のポーズをとる。


「流石に、私がイリス様を相手に出来ないわ」


右端の黒ずくめは、そう言って仮面を取る。そこには、エヴァ・キャロルの顔があらわになった。


「――」


予想外過ぎる結末に、絶句するイリスだった。


(何故?時間稼ぎもせずに、何の為に?)


が、すぐにその疑問は解決する。


「お嬢!」


ヨシアの声で、イリスは振り返る。すると、3名の黒ずくめは、本陣ではなく、彼女目掛け、迫ってくる。そして、周囲に味方が居ない事に気付くのだった。


(そうか、これは陽動と隔離。私がすぐに対処する事も、両端がエヴァとオリヴィアだと予想する事も、同時に撃退を試みる事も、全てアルヴィスが読まれていた)


「「「――」」」


(そして、ヨシアと味方から孤立させ、大将である私を3名で倒すという算段)


「参ったな」


イリスから、思わず言葉が漏れた。


(これでは、前回と全く一緒ではないか。慎重且つ、用心して事にあたった筈なのに、結局、彼の思惑通り。そして、それは私があの試験から成長していない証)


「お嬢!諦めんな!」


「ヨシア?」


ヨシアはイリスの元へと走りつつ、背中に背負った弓を掴み取る。そのまま、矢を引いた。その標的は、彼女に一番近い中央の右側である黒ずくめに標準をあわせる。


「っ!」


ヨシアが右手を離すと、標的である人物へと真っすぐに向かっていく。斜めの方向で進む、中央の3名の筈だったが、矢は標的に吸い込まれるように飛んで行き、相手の背中に突き刺さる。その直前――。


パシッ!


「な、何!」


矢は相手に命中する手前で、ヨシアから見て左横から“むち”が突如現れ、彼の放った矢を叩き落とした。全員の視線が注がれたのは、中央の真ん中にいた人物である。


「鞭は、オリヴィアの得意とする得物」


(つまり、中央の真ん中が、オリヴィア・カーライルだっただと――)


「馬鹿な」


(3週間前。AクラスとCクラスの合同演習の時の彼女には、どう足掻いても――)


「あめぇんだよ!考えが!」


「っ!」


以前、アルヴィスと同じ先読みだったが、それを口にした相手がヴォルト・クーパーだった事に驚く。彼は、黒い衣服に隠し持っていた短槍を投げ飛ばす。


「くっ!」


ギリギリでその短槍を避けられたイリスだったが、無理に避けた為、態勢を崩す。


「チェック」


そう呟いたのは、オリヴィアだった。


「なっ!」


イリスの右足には、オリヴィアの鞭が巻き付き、強く引っ張られた。イリスの右足が浮く。


(マズい!この状態で、敵の攻撃を回避する事は出来ない)


「――」


「ひっ!」


中央より左の黒づくめが、イリスの至近距離まで迫り、イリスは思わず声が漏れる。


(この状況って、以前にも――)


その時点で、彼女は確信した。目の前の人物がアルヴィス・ゴードンだという事を。


「チェックメイト」


静かにささやくその声は、彼女の予想通りだった。アルヴィスは、彼女の懐目掛けて、右手の拳が迫ってくる。


「させるか!」


ヨシアは再び弓を引き、イリスを援護しようと試みる。


「相手に背中を見せるとは、なってない。アルヴィス様曰く『背を見せるは、意味のある時のみ』」


「いっ!」


ヨシアの右横腹から「ゴリッ!」と鈍い音が聞こえてきた。その正体は、ユリウスのフックの一打撃を受け、左横に吹っ飛ばされた。


(やはり、叶わなかった)


ヨシアが飛ばされた光景を見た彼女は、自身の敗北を察する。


(だが、これで1勝1敗。結局、次の試合で決着が――)


「だから、貴女は甘い」


トス。


「え?」



アルヴィスに仕掛けた攻撃は、確かにイリスのふところに届いた。しかし、触れただけに等しい衝撃と、彼の言葉に彼女は困惑する。


「な、何のつもりだ?何故――ん?」


(何か甘いにお――あれ?)


「貴女は全てが優秀だ。だが、それは人から“教えられ、覚えた”だけ、自ら“考えていない”」


(意識が――)


「皇女様からは、“負けた”者のみ退学と言っていた。なら、どちらも“負けない”状況にすればいい」


(成程、認めよう)


「だから、三試合目を失くす状況にすれば、1勝1敗のまま“引き分け”になる」


(私は――彼には――いっしょう――)


「つまり、いやもう言うまい」


イリスが目蓋を閉じている事を確認したアルヴィスは、懐から空の小瓶を取り出し、自身の足元に捨てた。


――パリン。ゴリゴリゴリゴリ。


地面で一部割れた後、更に彼は、靴でそれを踏み潰す。


「この時代に、科学捜査がない事に感謝するよ。まぁ、仮にあったとしても、雨で全て流れてしまうけどね」


雷が再び鳴り響き、雨は土砂降りになっていく。アルヴィスは、不敵な笑顔を浮かべ、皇女の居る来賓席に視線を移すのだった。

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