08,皇女
翌日。
雨音が模擬戦が行われる会場全てを支配する中、高台で審判員が高らかに宣言する。
「これより、1学年による、模擬戦第一試合を開始します!」
その言葉と共に、ラッパ音が鳴り響く。その音が鳴り止むよりも先に、アルヴィスは、
一方、帝をはじめとした貴族や軍の関係者が、観戦する来賓席の一角で、1人の妖艶な女性が、透き通る銀髪の髪に触れながら、彼をジッと見つめていた。
(入学して1ヶ月そこらで、滞りのない指示。毎年暇だから参加していたけど、あれ程の子は珍しい。成程、あの子が気に入る訳ね)
「フフ、お手並み拝見♪」
◆
開始から10分が経過。
「城壁の左側をくまなく探したが、アルの言った通り、イリスとヨシアを確認出来なかった」
「右に同じく」
「やはりか」
「余程、オマエの精神攻撃にビビッているとみた」
からかったつもりのヴォルトだったが、アルヴィスの視線は全く別の方向を向いていた。
「おい、何処を――」
彼が途中で言葉を止めたのは、アルヴィスの視線の先に何かが居るのを察した為だった。
「アリス・ケルト皇女か」
「ああ、俺を退学に追い込もうとしている張本人だ」
「また凄いヤツに目をつけられたな?」
「はぁ、厄介この上ない」
「皇后様が早期に亡くなった為、
ユリウスの言葉には、怒りが滲み出ながらも、アリスについて語った。
「昨日で大方の経緯は聞いたが、イリス様もかわいそうだよな。“アルか公爵令嬢、どちらかがこの模擬戦で負けた方が退学”って、むちゃくちゃ過ぎるだろ」
「それが出来るのが、皇女様だ」
「どちらにせよ、アルヴィス様が負ける訳がない。
「その割には、拳に力が入っているようだが?」
「こ、これは、本番が近づいているからで――」
「まだ本番は先だぞ」
そう言って、アルヴィスは本陣の隅に置いてある木箱を見つめる。
「でもよ。この試合を捨てて、ホントにいいのかよ?」
「ああ、無論だ。彼女は前回と何も変わっていない。得体の知れない存在を過剰に恐れ、自らの首を絞めている」
「『百閒は一見にしかず』だったか?」
「ああ、あちらは思っていた以上に戸惑っているだろう。何も仕掛けてこないこちらと、予想以上に“連携が取れない”事に――」
◆
防衛側の本陣では、自らの額をコツコツと叩くイリスと、指示を求めにくる連中の対応に追われるヨシアの姿があった。
(模擬戦の制限時間は、2時間。その半分が既に経過したのに、未だアルヴィスが仕掛けて来ない。何故だ?
「少しは自分で考えろよ!」
(思っていた以上に連携が取れてない。確かに、即席の部隊とはいえ、軍門に投じている身。もう少し、皆の判断能力に期待していたのだが、現実はお粗末なもの。仮に、彼が動いた場合、容易に勝ってしまうのではないか?)
「ったく、味方も敵も何考えているのだか」
ようやく、指示待ちの生徒から解放されたヨシアが、イリスの元へと歩み寄る。
「アルヴィスの事だ、ギリギリに何かをするかもしれない」
「分かっております。入学試験や、オリヴィア伯爵令嬢の対局で、あの男の恐ろしさは十ニ分に理解しているつもりです」
「なら、私から何も言うまい」
しかし、2人の予想は裏切られ、第一試合は何事もなく、防衛側の勝利で終わってしまった。
◆
第一試合を終え、イリスは伯父である帝と公爵の父への挨拶を終え、深い溜息をついた。その背後から、何者かが彼女へと近づき、左の耳元で囁く。
「ど、う、し、た、の?」
「ア、アリスお姉さま!」
(一体、いつから背後に――)
アリス戦闘経験がない事を知っていたイリスは、彼女の気配に気付けなかった事に左耳を押さえつつ、困惑した。
「久方振り♪」
「さ、昨日。お会いしたでしょうに――」
「相も変わらず、冗談が通じない子ね?」
「ご用件は?」
頬を膨らませる素振りをするアリスだったが、すぐにその表情は不敵な笑みを浮かべる。それを見たイリスは、目頭を押さえた。
何故ならば、その表情を浮かべた時、誰も予想だにしていない。且つ、無理難題を言う前触れだという事を、イリスは知っていたからだ。
「アルヴィス君と、お話させてくれない?」
「はい?」
「何よ?」
「いや、思っていたよりも普通だったので――」
「普通?ホントにそう思う?」
「えっ?」
「私がするお話は――」
彼女の言葉を聞いたイリスの顔は、青ざめていった。
◆
第二試合が始まる直前、最後の打ち合わせをしているアルヴィスたち5名の元に、1人の来客が来たと知らせが入り、アルヴィスはその人物に会う為、模擬戦の城門まで足を運ぶ。
「公爵令嬢?」
「試合前に申し訳ない」
軽く頭を下げたイリスに、少々戸惑うアルヴィスだったが、彼女の震える手を見て、何かを察した。
「ご用件は?」
「とても言いにくいのだが――」
「皇女様との謁見ならば、断ります」
「えっ?何故その事を」
「貴女が臆する人物。ましてや、
「では、内容も?」
「大方、自分の“計画”について話せと言ったのではないですか?」
イリスは下を向いて黙ってしまった。
「肯定と捉えさせていただきます」
「計画さえ言えば、全面的に私たちの味方になってくれると皇女は言ってくれたのだ。金銭も多少困難な願いも聞いてくれると――君の計画にも一役――」
「いや、いらないです」
「え?」
「成程、自分をあの方は二流程度としか見られてない訳か――イリス様」
「な、何だ?」
「彼女にコレを――」
アルヴィスは一枚の手紙を服のポケットから取り出した。
「これは?」
「このケースも想定していたので、お断りのお手紙をば――」
アルヴィスは、イリスに手紙を渡し終えると、そのまま城の中へと帰ろうとする。
「ちょ、ちょっと待てくれ」
「はい?」
振り返るアルヴィスは、足を止めた。
「手紙は渡す。だが、どうするつもり何だ?」
「私か、君。どちらかが退学する道しかないのに――」
「いや、あります。別の道が――」
「それは、2人とも学園に残れる道か?」
「ええ」
イリスは下を向き、何かを悩む表情を浮かべるも、すぐに決意を固めたのか、真剣な表情でアルヴィスを見つめる。
「わかった。君に賭ける。もし、君が言った通りになったあかつきには、君の言う事を、一つ従おう」
「何でも?」
「私の出来る範囲であれば」
アルヴィスの口角が、上がった。
◆
「それでは、模擬戦第二試合を開始します!」
前回と同様、審判が試合開始を宣言する。これまた同様に、ラッパの音が会場に響き渡る。しかし――。
「な、何だあれは?」
「どうなっている?」
誰もが予想出来ない事が起き、来賓席の一同は口々に戸惑いの声をあげていた。ただ1人を除いては――。
「アハハ。そう、そうなのね」
(これで分かったわ。あの子は二流でも、一流でもない)
「本当の怪物」
アリスが満面の笑みを浮かべながら見つめる先には、“黒ずくめの装束を纏った5名”が、城壁に横一列で並んでいたのだった。
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