08,皇女

翌日。


雨音が模擬戦が行われる会場全てを支配する中、高台で審判員が高らかに宣言する。


「これより、1学年による、模擬戦第一試合を開始します!」


その言葉と共に、ラッパ音が鳴り響く。その音が鳴り止むよりも先に、アルヴィスは、あらかじめ決めていた各部隊へ的確に指示を行っていた。


一方、帝をはじめとした貴族や軍の関係者が、観戦する来賓席の一角で、1人の妖艶な女性が、透き通る銀髪の髪に触れながら、彼をジッと見つめていた。


(入学して1ヶ月そこらで、滞りのない指示。毎年暇だから参加していたけど、あれ程の子は珍しい。成程、あの子が気に入る訳ね)


「フフ、お手並み拝見♪」



開始から10分が経過。

斥候せっこう兼、遊撃隊を担う、ヴォルトとユリウスが各々のタイミングで攻城側の本陣へと戻ってきた。


「城壁の左側をくまなく探したが、アルの言った通り、イリスとヨシアを確認出来なかった」


「右に同じく」


「やはりか」


「余程、オマエの精神攻撃にビビッているとみた」


からかったつもりのヴォルトだったが、アルヴィスの視線は全く別の方向を向いていた。


「おい、何処を――」


彼が途中で言葉を止めたのは、アルヴィスの視線の先に何かが居るのを察した為だった。


「アリス・ケルト皇女か」


「ああ、俺を退学に追い込もうとしている張本人だ」


「また凄いヤツに目をつけられたな?」


「はぁ、厄介この上ない」


「皇后様が早期に亡くなった為、齢十よわいじゅうという若さで、強制的に社交界へと身を投じるも、たった数年でその世界を牛耳る程の切れ者。今や、この国での出来事で、彼女が知らない事はないという」


ユリウスの言葉には、怒りが滲み出ながらも、アリスについて語った。


「昨日で大方の経緯は聞いたが、イリス様もかわいそうだよな。“アルか公爵令嬢、どちらかがこの模擬戦で負けた方が退学”って、むちゃくちゃ過ぎるだろ」


「それが出来るのが、皇女様だ」


「どちらにせよ、アルヴィス様が負ける訳がない。むしろ、感謝するべきかと」


「その割には、拳に力が入っているようだが?」


「こ、これは、本番が近づいているからで――」


「まだ本番は先だぞ」


そう言って、アルヴィスは本陣の隅に置いてある木箱を見つめる。


「でもよ。この試合を捨てて、ホントにいいのかよ?」


「ああ、無論だ。彼女は前回と何も変わっていない。得体の知れない存在を過剰に恐れ、自らの首を絞めている」


「『百閒は一見にしかず』だったか?」


「ああ、あちらは思っていた以上に戸惑っているだろう。何も仕掛けてこないこちらと、予想以上に“連携が取れない”事に――」



防衛側の本陣では、自らの額をコツコツと叩くイリスと、指示を求めにくる連中の対応に追われるヨシアの姿があった。


(模擬戦の制限時間は、2時間。その半分が既に経過したのに、未だアルヴィスが仕掛けて来ない。何故だ?えて、前線におもむかず隙を見せ、城内に彼等が侵入して来たところを反撃する算段だった。だが、それ以上に――)


「少しは自分で考えろよ!」


(思っていた以上に連携が取れてない。確かに、即席の部隊とはいえ、軍門に投じている身。もう少し、皆の判断能力に期待していたのだが、現実はお粗末なもの。仮に、彼が動いた場合、容易に勝ってしまうのではないか?)


「ったく、味方も敵も何考えているのだか」


ようやく、指示待ちの生徒から解放されたヨシアが、イリスの元へと歩み寄る。


「アルヴィスの事だ、ギリギリに何かをするかもしれない」


「分かっております。入学試験や、オリヴィア伯爵令嬢の対局で、あの男の恐ろしさは十ニ分に理解しているつもりです」


「なら、私から何も言うまい」


しかし、2人の予想は裏切られ、第一試合は何事もなく、防衛側の勝利で終わってしまった。



第一試合を終え、イリスは伯父である帝と公爵の父への挨拶を終え、深い溜息をついた。その背後から、何者かが彼女へと近づき、左の耳元で囁く。


「ど、う、し、た、の?」


「ア、アリスお姉さま!」


(一体、いつから背後に――)


アリス戦闘経験がない事を知っていたイリスは、彼女の気配に気付けなかった事に左耳を押さえつつ、困惑した。


「久方振り♪」


「さ、昨日。お会いしたでしょうに――」


「相も変わらず、冗談が通じない子ね?」


「ご用件は?」


頬を膨らませる素振りをするアリスだったが、すぐにその表情は不敵な笑みを浮かべる。それを見たイリスは、目頭を押さえた。


何故ならば、その表情を浮かべた時、誰も予想だにしていない。且つ、無理難題を言う前触れだという事を、イリスは知っていたからだ。


「アルヴィス君と、お話させてくれない?」


「はい?」


「何よ?」


「いや、思っていたよりも普通だったので――」


「普通?ホントにそう思う?」


「えっ?」


「私がするお話は――」


彼女の言葉を聞いたイリスの顔は、青ざめていった。



第二試合が始まる直前、最後の打ち合わせをしているアルヴィスたち5名の元に、1人の来客が来たと知らせが入り、アルヴィスはその人物に会う為、模擬戦の城門まで足を運ぶ。


「公爵令嬢?」


「試合前に申し訳ない」


軽く頭を下げたイリスに、少々戸惑うアルヴィスだったが、彼女の震える手を見て、何かを察した。


「ご用件は?」


「とても言いにくいのだが――」


「皇女様との謁見ならば、断ります」


「えっ?何故その事を」


「貴女が臆する人物。ましてや、畏怖いふする方など数える程しかいない。そして、今このタイミング。自分でなくとも、オリヴィアやユリウス級の人物なら分かるかと――」


「では、内容も?」


「大方、自分の“計画”について話せと言ったのではないですか?」


イリスは下を向いて黙ってしまった。


「肯定と捉えさせていただきます」


「計画さえ言えば、全面的に私たちの味方になってくれると皇女は言ってくれたのだ。金銭も多少困難な願いも聞いてくれると――君の計画にも一役――」


「いや、いらないです」


「え?」


「成程、自分をあの方は二流程度としか見られてない訳か――イリス様」


「な、何だ?」


「彼女にコレを――」


アルヴィスは一枚の手紙を服のポケットから取り出した。


「これは?」


「このケースも想定していたので、お断りのお手紙をば――」


アルヴィスは、イリスに手紙を渡し終えると、そのまま城の中へと帰ろうとする。


「ちょ、ちょっと待てくれ」


「はい?」


振り返るアルヴィスは、足を止めた。


「手紙は渡す。だが、どうするつもり何だ?」


「私か、君。どちらかが退学する道しかないのに――」


「いや、あります。別の道が――」


「それは、2人とも学園に残れる道か?」


「ええ」


イリスは下を向き、何かを悩む表情を浮かべるも、すぐに決意を固めたのか、真剣な表情でアルヴィスを見つめる。


「わかった。君に賭ける。もし、君が言った通りになったあかつきには、君の言う事を、一つ従おう」


「何でも?」


「私の出来る範囲であれば」


アルヴィスの口角が、上がった。



「それでは、模擬戦第二試合を開始します!」


前回と同様、審判が試合開始を宣言する。これまた同様に、ラッパの音が会場に響き渡る。しかし――。


「な、何だあれは?」


「どうなっている?」


誰もが予想出来ない事が起き、来賓席の一同は口々に戸惑いの声をあげていた。ただ1人を除いては――。


「アハハ。そう、そうなのね」


(これで分かったわ。あの子は二流でも、一流でもない)


「本当の怪物」


アリスが満面の笑みを浮かべながら見つめる先には、“黒ずくめの装束を纏った5名”が、城壁に横一列で並んでいたのだった。

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