07,掛け違い

入学式から1ヶ月が経過したある日。

軍事学校「ディオス」校内の片隅に、役割を終えた旧校舎が存在する。そこに、半月前から、幽霊が頻繁に出現するという噂がささやかれていた。


「コーヒーだ!」


「いいえ、紅茶!」


「コーヒー!コーヒー!」


「紅茶!紅茶!」


その噂には誤りがある。

真実は、アルヴィスが設立させた部活の部室として、彼らが利用しているだけだった。


しかし、とある理由で当人たち以外には、共有されていない。その為か、話は紆余曲折うよきょくせつし、結果的に怪談話と化していた。


「一体、何の騒ぎだ」


アルヴィスが旧校舎の教室に入室すると、ヴォルトとエヴァが言い争っていた。


「『ブレットに一番合う飲み物は何か?』という話題で2人の意見が分かれてしまった」


「くだらな」


「あの2人の前では言うなよ。これ以上、面倒な方向へと発展してほしくない」


2人の争いに我関せずを決め込んだオリヴィアは、アルヴィスが入って来たドア付近で、本を読み続けていた。


オリヴィアは、対局の勝利報酬でアルヴィスが言った通り、部活に入部していた。


「喧嘩は弁論の練習になるから悪くないのだが、あれでは幼稚園のお遊戯会の方がまだマシだな」


「ヨウチエン?」


「気にしないでくれ。それよりも、今日のノルマは?」


「今朝こなしたさ。お陰で最近、足腰がいつも痛い」


「そうか。今日は伝える事があるから、切りの良いところで読書を止めておいてくれ。こっちは2人を止めてくる」


「はいはい、健闘を祈る」


オリヴィアはあの日以来、彼の言葉を受け入れ、今では2名と同様に、アルヴィスから教えを受けている。その折、彼も彼女への敬語をやめた。


「2人とも。どっちも一番でいいじゃないか?恐らく、その話に終わりはない」


「じゃあ、アルはどっちだ!」

「じゃあ、アルはどっちなの!」


「自分は食事の時に、飲み物は飲まない」


「「つまらない男」」


エヴァにも変化があった。

良い意味でアルヴィスとの距離が近くなり、当初の彼が言った条件である敬語はなくなった。だが、それ以上に、遠慮がなくなった方が目立つ。


「つまらなくて結構、今日は明日に控える“オリエンテーション”について話す」


「「オリエンテーション?」」


「オマエら、仲いいな」



馬車に乗り、とある場所へと移動するイリスとヨシア。イリスは窓から空を見上げる。天気はあいにく、今にも雨が降り出しそうな雰囲気であった。


(明日は、雨の可能性が高そうだな)


過去の記憶を思い出したのか、彼女の表情は浮かず、小さな溜息が漏れる。


「お嬢、着きました」


ヨシアは右手を差し伸べ、イリスが馬車から安全に降りられるよう、エスコートする。


「ありがとう」


イリスはヨシアの手を取り馬車から降りると、彼女たちの目的地である1軒屋に目を向けた。


「行きましょう」


「はいはい」


ヨシアは少し面倒そうな表情で、頭を掻きながら、先に目的に向かう彼女の後を追うのだった。



「あれ?そう言えばユリウスは?」


いつもアルヴィスと同行している筈の彼女がいない事にエヴァが気付き、彼に質問する。


「今日は彼女のご両親と父が、この近くに滞在する事になっているので、彼女にはそちらに行ってもらう事にした。だから、今日は来ない」


「オマエは?」


「何故?」


「いや何故って、オマエの父親も来ているのだろ?」


「そうだが、自分の場合、前回会ったのは1ヶ月前だし、明日の大会の事もあるから――」


「それでもよ――」


「気を遣ってくれるのは嬉しいが、父とは文通で互いに了承している。だから問題ない」


「そ、そうか」


「ユリウスの両親とゴードン男爵が一緒という事は、両親も兄弟子の家の使用人なのか?」


「いや、それはない。何故ならば、彼女の父親は、ジパ族の部族長だからな」


「「「えっ!」」」


急な告白に、3名は思わずアルヴィスに視線を集中した。


「何故今まで黙っていた!」


「言う機会がなかったから」


「だからって――つまり、ユリウスは部族長の娘って事なの?」


「すまないな、本人に口止めされていた事もある。悪いが、この事は内密に頼む。事の経緯も――すまない、今は話せない」


まだ、何かを言いたい顔のヴォルトとエヴァの2名は、アルヴィスの返答に口を閉じるしかなく、それぞれ自身の席に着席する。


「じゃあ、気を取り直そう」


そう言ってアルヴィスは、大きな一枚の紙を古びた机の上に広げた。そこには明日の日程と、組み合わせ。そして、模擬戦を行う場所の地図が、記載されていた。


「1-B,D,FとAの半分で1チーム。残りのC,E,GとAの半分で1チームに分かれての模擬戦を計3回行う予定だ」


「私たちはGクラスで、オリヴィアはCクラスだから、一緒のチームね」


「幸運だ。兄弟子とはもう戦いたくないからな」


「で?1―Aである公爵令嬢殿は仲間か?敵か?」


「どうやら入学式の時、代表スピーチを行う代わりに、自分と戦えるよう学園長に頼まれたようだ」


「頼まれた?脅しではなくて?」


「オリヴィア。此処ではいいが――」


「『言葉を口にする時は、脳を通して発言すべし』。覚えていますよ。でも、事実は事実」


「ゴホン。では、今回の問題は、彼女をどう抑えるかが議題となる」


「前回みたく、罠にはめればいいじゃないか?」


「あれは相手が、こちらを知らなかった事と、冷静じゃない状況だったから通用した。今回はその真逆だ、彼女は恐らく前に出てこない可能性さえある」


「出てこないなら、それは都合がいいのでは?」


「残念ながらエヴァ、それは無理だ」


アルヴィスは、日程部分を指差した。


「今回の模擬戦は、攻城戦になる。つまり、攻める側と守る側が常に別れる。しかも、計3回を行う為、同数になる事はない」


「こちらが2回守りであれば楽勝だ。けれども、兄弟子が議題に挙げるという事は――」


「ああ、此方が攻めを2回する事になる」


「なら、こちらが勝つ必須条件は、彼女の死守を最低でも、1回は突破する必要があるのだな」


「その通りだ」


「現実的に勝算は?」


「1勝は出来るが、2勝は難しいな。せめて、別日だったら、まだ――」


「兄弟子の得意な悪知恵で、彼女を不参加にする方法を考えた方が有意義だな」


アルヴィスはオリヴィアを睨みつけるが、それと同時に、彼女は明後日の方向へ目線を逸らす。


「チェスの女王様の知恵で、どうにかならないのかよ」


「オマエはクイーン3つのハンデの対局で、勝てると思うか?」


「そんなに?」


「ああ、この学校で彼女と一騎打ちで勝てるのは、メイ・カーミスぐらいだ」


「メイ・カーミスか。武力だけの人間なら、まだ方法は幾らでもあるが、武力も知力も1位ではな」


「あと、彼女のお付きのヨシア様もいますよね?」


「ヤーゲン伯爵の三男坊か。親同士との付き合いから彼女の世話役で、弓の名手として有名な人物だが――」


オリヴィアは地図を見ながら、ヨシアの説明を口にする。


「とある情報筋だと、ヨシアもイリス様と一緒のチームらしい」


「なら緻密ちみつな連携攻撃も予想されるな」


オリヴィアの言葉を最後に、暫しの沈黙が流れる。


「そもそも何だが、授業で習った話だと攻城を成功するには、相手兵数の3倍は必要な筈だよな?なのに、今回どちらも同じ人数でやるんだよな?」


「これはあくまで、経験値を加算する為の催しだ。有利不利を鑑みてはいない。強いて言うなら、公爵令嬢のいるチームが勝つように、彼女のいるチームが2回守り側にしたぐらいだろう」


「それって――」


「エヴァが言いたい事は分かるが、これが貴族至上主義というモノだ。帝も今回の催しを視察する予定と聞いている。もし、姪っ子が負けた時、帝のご機嫌を想定すると、この処置は致し方がないかと」


「では、兄弟子よ。学園と彼女の為にも、負けるのも悪くはないのでは?別に、絶対に勝つ必要もないだろ?」


「ああ、自分もそう思ったのだが――」


「何か問題でも?」


「実は、この戦いに勝たないと――」


「「「勝たないと?」」」


「――俺が退学になる」

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