元社畜、王都に帰る
「ここまで来れば一先ず安心じゃろう」
シンを背中に乗せたルリは一旦帝都から脱出した。魔法で辺り一帯を吹き飛ばしたため、姿は見られていないが、シンとルリは魔法省を襲撃した犯人である。万が一にもそれがバレると面倒なことになる。
ルリとしてはどうでも良いが、シンはそれを嫌がるだろう。ルリなりに気を遣ってここまで逃げてきたのだ。
「さて、ここからどうするか…」
帝都を飛び出したのは良いものの、ここから何処へ向かうかは考えていなかった。今は帝都近郊の森にいる。シンが目を覚ませば何かしら提案してくるが、肝心のシンは眠ったままだった。
メルムによって負った傷はリベルが飲ませた薬によって完治している。ただ、傷の修復には相当の体力を消費したのだろう。一向に目覚める気配はなかった。
う~んと頭を悩ませていると、ルリは肝心なことを思い出した。
「そういえば、ここに来たのは王家の小僧の頼みじゃったな!」
今回シンとルリがミッド帝国にやってきたのはイスタリア王家の王子である、エドに魔物と魔族の調査を依頼されていたからだ。
そのことをド忘れしていたルリは目的地を決定した。
ひとまず王都へと戻り、エド達に情報を共有しシンを休ませようと考えたのだった。
「そうと決まれば行くとするかの!」
ルリは再び風よりも速く大地を駆け抜けた。馬車でなら数週間かかる道のりをルリは一晩で走破したのだった。
夜明けと同時にルリは王都「ルーパス」へと到着した。念のため人に姿を見られないように家々の屋根の上を移動した。
王城の前まで来ると、塀を軽くジャンプして飛び越えた。中庭に降り立ち、ディセウムあたりを探そうと周辺を見渡すと、一人の男が剣を構えて出てきた。
「何だお前は?何をしに来た?」
「貴様は…あ~あの時の小僧か」
ルリの前に現れたのは王国最強の男、騎士団長のレオナルドだった。
レオナルドはルリとは対面したことがなかった。王城に急速に接近してくる気配と魔力に勘づいて飛び出してきたのだ。
「ただの魔物じゃないな?…ん!?シン君!!」
レオナルドはルリの背中で眠るシンに気付いた。
「貴様!その子に何をしたぁぁぁ!」
ルリの言葉を待たずしてレオナルドは咆哮とともに襲い掛かってきた。
レオナルドの斬りこみはルリの想像よりも速く、シンを背負いながら回避する暇はなかった。
「くっ...!仕方ない、許せよ小僧…!」
ルリが魔法で迎撃しようとした時だった。
「そこまでだレオ!」
突如割って入ったガリアの声に反応して、レオナルドの動きはピタリと止まった。
すぐさまガリアはルリの元へと駆け寄り、謝罪をした。
「申し訳ありませんルリ様!知らぬこととはいえ、我が国に仕える者が貴方様に剣を向けるなどあってはならぬことです!どうかこの老いぼれの命一つでご容赦願えませんでしょうか?」
「まぁ良い。今は些末なことに構う時間がないのじゃ。」
全力のガリアの謝罪を受け取るルリの様子を見てレオナルドはクエスチョンマークを浮かべていた。
「ガリアさん、どういうことです?俺何かまずいことやっちゃいました?」
「この大馬鹿者がぁぁぁ!」
ガリアの雷がレオナルドに落ちた。
「いったぁぁぁぁぁぁl!!何するんですか!?」
「このお方はルリ様、我がイスタリア王国の守護神である白銀の賢狼様だ!それにシン殿の旅のお供でもある。」
♢
「すみませんでした…。」
ひとしきり説教が終わるとガリアもシンに気付いた。
「シン殿!ルリ様、これは一体!?」
「落ち着け、いまは眠っているだけじゃ。どこか寝床を貸してやってくれ。それと王子の小僧らに話すことがある。」
ひとまずシンを王城内の部屋で休ませることにした。報せを聞いた王族達が血相を変えて飛んできた。皆シンの心配をしていたが、アリシアは目を覚まさないシンを見て気を失いかけるほどショックを受けていた。
「うぅ~シン様…。」
「大丈夫ですよアリシア。シンさんはきっとすぐに目覚めますわ。」
泣きじゃくるアリシアをエルザがなだめる。
「では、ルリ様。何があったのか話して頂けますか?」
ディセウムとエドが真剣な表情でルリに説明を求めた。
「よかろう。シンにも話すことがあるが、それは後で良いじゃろう。」
ルリはディセウム達に帝都で起きたことを話した。魔法省で闇魔法と魔族の気配を探知したこと。潜入してみると魔族と魔法省の魔導士が密かに魔物を強化する研究を行っていたこと。そして最終的に人間で試して強化した兵士を生み出そうと画策していたこと。
話を聞き終えた人々は、あまりの衝撃に絶句していた。
「…まさか帝国がそこまで堕ちていたとは…!」
怒りに震えるディセウムが拳を強く握り、手からは血が流れていた。
エドも同様に憤っていたが、何かに気付いてルリに聞いた。
「そ、それでその魔族や研究設備はどうなったのですか!?」
「消し飛ばした。」
「「は?」」
何でもないことのようにさらっと口にするルリの言葉に一同は耳を疑った。
「あ、あの~消し飛ばしたというのは具体的に…」
あまりにも言葉が足りていない説明に聡明なエドも聞き返す他なかった。
「言葉通りじゃ。魔族諸共まほーしょーも全て我の魔法で跡形もなく消し飛ばしたのじゃ。」
「じゃあ、魔族と帝国が共謀していた証拠は…」
「そんなものあるわけなかろう」
全員が膝から崩れ落ちた。
「つまり、物的証拠は何も無いということか…」
「こうなると帝国を追求することは難しいです。言葉だけではしらばっくれられて逃げられるでしょう…」
エド達が頭を抱えて考え込む。もちろんルリが全て悪いわけではない。シンを傷つけられたことによる怒りが想定以上の被害を生んでしまったのだ。誰もルリを責めることはできない。
頭を悩ませる一同の空気をぶった切るかのようにアリシアの声が部屋中に響いた。
「あっ!シン様!!」
「ん〜、あ、ぅえ?な、アリシアさん?」
シンが目を覚ましたのだ。いきなりアリシアが視界に飛び込んできたことに動揺を隠せない様子だった。
「気分はいかがですか?シンさん」
エルザも心配の眼差しを向けた。
「大丈夫ですエルザさん…どうやら王都まで帰ってきたみたいですね…。」
少し顔を動かすとルリが見えた。シンはルリの頭を撫でながらお礼を言った。
「ルリが運んでくれたんだよね。ありがとう。」
「ふん!存分に感謝してよいぞ!全くお主は我がいないと…」
尻尾を振り回して何やらごちゃごちゃ言っているルリだが、シンは心から感謝していた。
(あとで高い肉でも御馳走しよう…)
ものすごい疲労感はあるが、痛みはない。布団をめくって腹部を確認するとメルムに抉られた深い傷は完全に治っていた。
「ねぇルリ、これルリが治してくれたの?」
ルリに聞いてみると首を横に振った。
「我が人を治せないのは知っておろう?それは別の奴が治癒したのじゃ。まぁそれは後で話す。」
(一体誰が治してくれたんだろう。あとでお礼を言わないと)
シンの目覚めに喜ぶ一同だが、問題は解決していない。困った顔のディセウムに状況を尋ねるとシンは一つの仮説を提示した。
「多分まだ終わっていませんよ…」
「どういうことかね?シン君。」
シンは魔法省の地下室を見たときに思ったことがあったのだ。それは発生している魔物の数に対してここの設備は小規模すぎるのではないかということだ。
「ディセウムさんは言っていました。凶暴化した魔物の発見は数か月前からであると、それに僕たちが戦ったアブルが引き連れた数百体の魔物。他にも王国や帝国で見つかった個体。それだけの数を数か月で生み出すにはあの研究室は狭すぎる。」
シンの考えを聞いてエドの目に光が戻った。
「そうか!まだ研究施設は他にあるんだ!」
「はい、僕もそれを考えていました。」
シンとエドの考えはこうだ。帝国と魔族による研究は帝都だけではなく、複数の場所に分散して進められているということ。発見された魔物の種類から考えてみても、帝都からずいぶん離れた地域に生息する種もいたのだ。
それらを実験対象にするには、わざわざ帝都に連れてくるよりも現地で実験するほうが効率がいい。外部に研究について漏れるリスクを考慮するなら尚更大規模な魔物の運搬は避けると考えるのが自然だった。
2人の仮説を聞いてディセウムが指示を出した。
「よし!ではまずこれまで発見、討伐した魔物の種類を調べろ。そしてその魔物の本来の生息地に近い集落や最近できた建造物を徹底的に洗い出すのだ!」
ようやく真実を掴む糸口を見つけた。本当なら魔法省にある資料があれば言うことないのだが、それは言ってもしょうがない。もし、あの時ルリがいなければシンは殺されていたのだ。
命を救ってくれたルリに報いるためにも、一刻も早く真実を突き止め、再び世界を巡る旅を再開したいとシンは願っていた。
一人と一匹の異世界紀行~気ままに生きることを決めた元社畜ですが、どうやら世間は許してくれないようです~ シノ谷 @Sino_831
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