第三十九話 愛すべき魔法使い
「ご覧になられたはずだ、御御亭敬太郎が怪獣を倒す様を。しかしあれらは全て奴らの策略にすぎぬ。茶会の連中は怪獣をでっち上げ、三文芝居によって七座復活を目論んでいたのだ。それだけに過ぎず連中は我々六碌亭の介入を阻止せんと先の大暴れ!許してはおけぬ悪逆非道!御御亭は七座だけではない、魔法使いとしても相応しくない!廃門すべきだ!」
地上では宣言通り武尊による演説が行われている。
提灯のぶら下がる大通りを塞ぐように占拠し、半端な人混みが生まれていた。
彼の言葉選びは老獪として、説得力があった。しかし周囲の魔法使いは半信半疑、どこか馬鹿にした空気が流れる。
「流石ボケ老人、自分のしたことでも記憶に残らないらしい。暴れたのはお前ら六碌亭だろ」
かのモーセの如く私の言葉は人混みを割り、武尊までの道を広げた。
「闘技場の爆破事故を引き起こし、自分の孫を駒として使い、異端審問会と手を組み私を処刑し、七座を脱座させたかと思えば、今度は魔法使いとして相応しくないだと?どの口が言うか下種め」
「おお!主犯が出よった!頓珍漢な主張は自分の首を絞めるだけぞ」
「殺すぞジジイ」
開いた瞳孔。武尊は視線を僅かに逸らした。
魔法使いとは狡猾で利巧で腹黒いもの。そういう性質というだけで手痛いしっぺ返しを食らわない保証はなく、許されているわけでもない。
「なぜ誰のお前の話を聞かないのか教えてやろう。旗だよ」
そう言って自分の襟首を指し示す。
私の目には『私が全て悪いのです』と大きく書かれた旗がたなびいて見える。
武尊以外には皆、パーティーグッズのようないたずらが見えているから信ぴょう性が欠けるように思うのだ。
異端審問会に特注させた甲斐があった。
「牢屋で掴んだ時に刺させて貰った。刀子刺されるよりかずっとマシだと思うがね」
両手をひらひら動かし、赤黒い傷痕を見せつける。
刃物を製造する魔法は六碌亭の長のものとして有名である。こいつが危害を加えた証拠として、周囲をざわつかせるには十分なそれである。
「そんなものデマだ!こんな小童の言葉なぞ信じるな!」
これで大衆の票は五分かそれ以上だろう。あともう一撃あれば、こいつは負ける。
「い、いい加減にしろ!大体儂が御御亭を嵌める理由がどこにある」
「どこにでもあるだろう。元々対立関係だった御御亭が邪魔くさいとか、解道ばかりで用無しだとか。御御亭を嫌う連中はお前以外にもいくらでもいるからな」
取り囲む何人かが目を背けたのが見えた。口には出さないが、手も出さないが、腹の底で六碌亭の味方をしていた魔法使いは少なくないだろう。
姑息で卑怯で狡猾な魔法使いは意見を出さずひっそりと御御亭に鞍替えしたに違いない。
遠目からでも武尊に青筋が立っているのがわかる。手を挙げて――無数の刃物を製造する。刀子だけではない、カッターナイフや包丁、宝剣や刀剣に至るまで種類さえばらばらの数えきれない刃物が私を取り囲んだ。
「小童ァ!!儂は六碌亭大魔法使い武尊だ!こけにするのも大概に、」
「奴が御御亭を目の敵に理由はそんな大仰ではないぞ我が弟子」
ああそうだ。
この魔法使いはいつだって私を助けてくれる。
瀟洒で黒いドレスを身に纏う烏のような女性は私と武尊の間に割って入る。
腕の一振り。刃物はいっせいに姿を消し、解道されてしまう。
「師匠!」
彼女の登場に武尊の表情は苦痛に歪む。
「やれやれ。もうとっくに諦めたものだと思っていたが、こんな一大事を引き起こすとは。もはや冗談では済まされんぞ」
語気の強い凄んだ言葉にたじろぐ。まるで私と相対していたときとは違う、機嫌を窺っているような感じ。
「御御さん!儂はあんたの為を想って、」
「吾輩がいつ御御亭を解体したいと言ったのだ?いつ多くの魔法使いを巻き込み迷惑をかけてほしいと言ったのだ?自分の孫を使い、あまつさえ我が弟子を処刑しようとして、それは吾輩が望んだことか?若い芽を摘みたいと一言でも零したか?」
「わ、儂は……儂は……!」
金獅子の杖をつく指が震える。もはや骨と皮しか残らない指先はまるで死に体、最古の魔法使いの一人としての威厳はとうにない。
「師匠、もしかしてこいつ……そういうことですか?」
「そういうことだ。大したことないだろう」
「ええ。実はついさっき私も同じような目に遭いました、和解しましたけど」
「ははあよく赦せたな。しかし吾輩はもうこいつを赦す気は、無い!」
ガシャン!!
放心状態の武尊の腕に拘束具が取り付けられる。魔道の発動を封じる異端審問会特製のそれ。
いつの間にか三人の黒鎧が少し興奮気味に彼を囲んでいた。
「お、おい!貴様ら味方だろう!!儂を処刑するつもりか!?」
「ずっと処刑したかったんだよナ。あんたの罪状はいくつでもあるゾ」
「やっと火炙りにできル!角材を沢山買わないト!」
「火炙りと言わず色んな処刑を試そうヨ!だってこいつは沢山恨みを買ってるんだかラ!」
「話を聞け!くそっ魔法が使えない!おいお前ら助けろ!誰でもいい!儂を助けた奴には求める全てをくれてやる!おい!なあ!おい!!」
演説を聞く為に集まっていた魔法使いは誰一人彼に救いの手を伸ばさない。
武尊が味方につけたのはそういう連中だ。姑息で卑怯で狡猾で、自分の意見を出す気も行動する気もさらさらない、そんな魔法使いばかり。
虚しい命乞いが異端審問官に抱えられて遠ざかる。
「製本のついでに話を付けておいた。『七座の長を処刑する気はないかね?』と、二つ返事で了承してくれたよ」
「連中魔導書作りもやってるんですか」
「魔導書も言ってしまえば魔道具だからな。嫌われてはいるがなくてはならない存在だよ」
「御御亭もそうです」
「……それは褒めているのか?」
褒めていますとも。
「聞け魔法使い共!御御亭の危機は去った!六碌亭武尊の悪逆は日を待たず白日の下に晒されることだろう!しかし今宵は祭りにて、一切の出来事を忘れ古本市を楽しむがよい!!それが我々魔法使いの責務と知れ!以上!解散!」
伝播する動揺に歯止めがかかり、どこかで歓声が上がる。
魔法使いたちは各々好きなようにぱらぱら移動を始めた。
「今何時ですか」
「ちょうど日付を跨いだところだ」
「全然終了時刻過ぎてるじゃないですか!」
「皆承知の上よ。このままでは楽しく終われないではないか、嘘の飲み込み騙されてこその魔法使いだ」
歩き始めた彼女に続く。
「魔導書、良かったです。おかげで解道の神髄を掴めたような気がします。というか解道があんな魔法だってなんで言わないんですか?少しも古典なんかじゃない現代に通用する魔法ですよ」
「時代は魔道じゃなかったのか?」
「う、すみません」
「よい。吾輩の横着が招いた認識だ。今後は多少見直されるだろうよ」
華麗に笑い、彼女は私の頭を撫でた。いつもと変わらない慈愛に満ちつつも乱暴な撫で方に安心する。
道行く魔法使いはまるで何もなかったように努めて、並ぶ魔導書を吟味する。
うち一つの出店にどこよりも長い長蛇の列ができている。店には一人しか店員がおらず、皆同じ本を購入しているようだ。
「ん?」
大変そうに肩で息をする店員は許だ。つまりこの店は、
「御御亭!?」
「む。何を驚く。吾輩の手にかかれば魔導書売りなど容易いことよ、これで七座復活間違いなしだ」
「……ことさら今まで書いてなかったことに腹が立ちますね」
「なにおう!?」
食って掛かる師匠に応戦し、道の中央ですったもんだの言い争いを繰り広げる。
これは見物と御御亭の列に並ぶ客はこちらを向き、道行く魔法使いの視線さえ独り占めという具合。
魔法使いは魔法使いを呼び、先の集団より大人数が私たちを囲んでいる。
「師匠はいつもいつも!」「大体愚弟子こそ!」下らないことで意見をぶつけ、互いに話し合える関係。その再確認に私はやっといつもの日常が来たのだと笑みを零した。
「なにを笑っておるのだ気味悪い」
「お気になさらず。日常とはかくあるべきと思っただけです」
「ますます気味が悪いな、変なキノコでも食べたんじゃないか?」
「私は犬ですか。ほら、店番手伝いに行きますよ!許が今にも死んでしまいそうだ」
彼女の手を引き御御亭の屋台へ向かう。
ちらと見えた横顔は愉快そうに笑っていた。
「良い一門ですよ、御御亭は」
「当然だろう」
自信たっぷりに満面の笑みで答えた。
「良い弟子がいるのだからな」
私たちには私たちの歴史がある。今もなお平穏に、時に事件が降りかかりながらも、紡がれる魔法史。
この一件は『解道革命』として広く魔法使いに取り沙汰されたが、これの知る人間は誰一人としていまい。
裏に位置する魔法の世界はたまに人の世にはみ出しながら、個々の傲慢が悪さをしながら、足掻きようもなく愉快に揺れ動く。
かく言う私もその流れの中に居座る魔法使いの一人であり、現代魔法使いの聖地阿部空市にて裏の歴史を彩る。
十万字書け。話はそれからだ。~和製魔法使いは魔道を謳歌する~ うざいあず @azu16
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