西川口のゴブリン退治 10

どうして逃げるのだ?

得体のしれない人間が上がって来たから?

なら、俺たちは味方だと声をかけるべきだろうか?

足音は、4階から5階へと駆け上がり、更に上まで進んでいく。

5階より上は、屋上だ。どっちにしても、そこで会える。それより上には行けないんだし。

俺たちも、階段を駆け上がった。


走りながら、再び感覚を集中させる。強化した聴力によって、屋上へ駆け上がる奴の息遣いが聴こえる。

息を切らしている。女の声だ。それも、若い。

鉄の扉が開く音。屋上へと繋がる扉なのだろう。鍵は、かかっていなかったようだ。


屋上へ駆け込む足音。

裸足ではなく、ちゃんと靴を履いている音だ。

立ち止まる。

短く何かを呟く、女の声。

続いて、魔力が発散した気配。

な、なんだ!?


俺たちが屋上に辿り着いた時には、そこには誰も居なかった。

ただ、屋上の真ん中あたりに、魔法陣が描かれている。マンホールの蓋くらいの大きさだ。


「田中さん、これは!?」


「うーん、こりゃ転移魔法陣だなあ」


田中さんは、しゃがんで、魔法陣の上に手をかざしている。魔力の残渣を確認しているのだろう。


「たった今、発動したばかりだな。誰かがこの上に立って、呪文を唱えて...。

どこか別の場所に、これと同じ魔法陣が描かれていて、そこに転移したんだろうなあ」


さっき短く唱えていたのが、呪文か。


「どこへ行ったか、判りますか」


「いや、わからん。この手の魔法陣は、短い呪文が起動のパスワードになる仕組みだ。そのパスワードが分からんと、追跡のしようがない」


そう言って田中さんは、スマホを取り出して、魔法陣の写真を撮影した。角度を変えながら、数回繰り返し撮影した。


「一体、何者だったんでしょうか」


「こうして自由に出入りできたって事は、ゴブリンに捕まって身動き取れなかった人間じゃないよなあ。

何か、ここで他人に知られちゃ困る事をやっていたから、慌てて逃げたんだろうな」


「どうしましょうか?」


「そうさなあ。もう使えないように、この魔法陣を削り取るのが良いと思うんだが。でも証拠品だし、それはマズいよな」


田中さんは、御札を取り出し、魔法陣の上に置いた。

例の魔物除けに似ているが、ちょっと違う。


「これは、魔力封じだ。

魔法陣に貼っておくと、起動がキャンセルされる」


「じゃあ、また誰かが魔法陣を通って、ここに戻って来る事も無くなるわけですね」


「そういうこったな。さて、下に降りて調べてみるか」



まずは屋上のすぐ下、5階を調べる。

このフロアは、ゴブリンが全く居なかった。

そして、他の階と違って明るい。窓が遮られていないのだ。


ゴブリンが居ないのは明るさのためかと思ったが、そうではない。

4階と5階の間に、魔物除けの札が貼ってあったのだ。我々が使った物とは、デザインが異なるが。


そして、5階には、何者かが滞在していた痕跡があった。

他の店舗から持って来たと思われるベッドの上に、寝袋。

缶詰やペットボトルの飲み物、菓子類がストックされている。

懐中電灯やランタン、電池。

歯ブラシに使い捨てカイロ、着替え、雑誌、筆記用具、等々。

誰か常駐していたわけでは無さそうだが、時々来て仮眠を取るくらいの事は、していたのだろう。

置かれていた服や雑誌から判断すると、やはりここに居たのは、若い女だったと推測できる。

こんな、電気も水道も使えないような、しかも下のフロアにゴブリンが蠢いているような廃ビルの中で寝起きするとは、随分と神経の太い女だったんだな。

反面、ゴミの類がキッチリとゴミ袋に収められている。割と几帳面な性格も持ち合わせていたのだろうか。


それに、大量の...実験器具?何かの装置だ。コンセントが使え無くても、動くのかな。

米袋のような紙袋が沢山並んでいる。中身は、何だろう。開けて調べてみたが、どうやら家畜の飼料だ。

大量のドッグフードの袋も有った。


「うーん、色々有りますが、いったい何をしていたのか...。実験でもしていたんでしょうか?判断の決め手になるような物が見つかりませんね」


「さっきの転移魔法陣で逃げる時に、持ち出したのかもしれんな。

ノートやラップトップなら、カバンにでも詰め込んで運べるし。

では、下の階を調べるか」


俺たちは、4階へ降りた。この階では、ほんの僅かなゴブリンの気配しか、感じられない。

3匹...いや、4匹と言ったところか。

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冒険者ギルド 所沢 桜梨 @sabataro

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