西川口のゴブリン退治 9

「それにしても、変ですよね。どの店も、椅子やらベッドやら置いたままでしたよ。廃業する時に、持ち出さなかったんでしょうか。いくら違法な店舗だとしても、みんな夜逃げしたみたいで」


「廃業しなかったんだよ。営業中に、このビルの中のどこかが異世界と繋がったらしい。それきり、この建物はダンジョンみたいになっちまったのさ」


「そんな事って、あるんですか?」


「滅多にある事じゃない。相似効果と言ってな。この世界の何かが、どっかの異世界と似通った環境を作り出したら、あっちの世界と共鳴を起こして繋がってしまうらしい。秋津あきつが異世界と繋がりやすいのも、そういう原理らしいな」


「まさか、そんな事が。じゃあ、その時に、この建物の中に居た人達は、どうなったんですか」


「殆どの奴らは、異変に気付いて避難したらしいがな。悲惨なのは、逃げ遅れた連中だ。あんなゴブリンなんてのが突然ゾロゾロ現れやがった。骨も残さずに、喰い殺されたんだろうよ」


あんな弱っちい魔物に?と思ったが、今の俺は、人知を超えた効能のポーションでドーピングしているわけだし、使う防具や得物も常識を超越した威力なのだ。いきなりゴブリンの大群に遭遇してしまったら、なるほど確かに高確率で喰い殺されてしまうな。

しかし、そんな大事件、いや大災害が有ったというのに、ニュースになってた記憶が無い。上手く隠蔽されていたのだろうか。


「じゃあ、今もこの建物のどこかが、異世界と繋がったままなんですか?」


「多分な。できれば、その場所を特定するのも、今回の仕事のひとつだ」


「こんな街中に、想像を絶する危険地帯が在るなんて...」


「だから、俺たち冒険者がいるんだろうが」


その後も俺達は、手分けして2階の全ての部屋を調べ、ゴブリンを倒し、魔石を拾い集めた。田中さんは、追加で2匹ほどゴブリンを生け捕りにし、クーラーボックスに詰め込んでいた。

かなり時間のかかる、大変な作業だった。ポーションの効力が続くと良いのだが。飲みなおそうか。


「さて。2階は、完全に駆除できたな。上に移動するか」


1階と2階の間に貼った魔物除けのふだを剥がし、2階と3階の間の階段に貼り直した。

そして俺たちは、3階へ上がった。


「むう...」


居る居る。気配を感じる。2階とは比較にならない数のゴブリンども。2倍や3倍どころではない。もっと居る。

2階を制圧するのも、けっこう大変だったのに。正直、これで切り上げたい。


「うーん、山田。判るか?」


田中さんが、上の階を指さしている。


「はい。これより上の階には...ほとんど居ませんね。

せいぜい、片手で数えられるくらいのゴブリンの気配しか無い」


「そうだよな...。多分、異世界との繋ぎ目は、この階のどこかに在るな。

それと、さっき言ってた、人間の気配、感じるか?」


俺は、意識を耳に集中させた。


「...居ますね。このすぐ上に。4階に居ます」


「そうか。よし、わかった。3階は後回しだ。

まずは、上の階に行くぞ」


そうして、俺たちは、また階段を上がる。

人命救助のためだ。ゴブリン退治と調査は後回し。

それにしても、こんな魔物の巣窟で生き残っている人間って、どんな奴だろう?


その時、上の方から足音が聞こえた。

ゴブリンの音ではない。靴を履いた、人間の足音だ。

そうか、俺達の気配に気付いて、階段を下りて来るのか。


だが、違った。足音は、逆に階段を駆け上がっていた。

え、逃げるの?

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