第二章 - 遺骸 -

 霧の先は岩壁になっていた。岩の所々が白く凍っている。

 灰色の岩壁を抉るように、洞窟が口を開いていた。

 狼が洞窟の入口を守るように身を屈めている。シュトたちを見つめていたが、その赤い目に敵意は感じられなかった。


「私が見て来ます。ふたりはここで待っていて下さい」


 タイカがヤムトの方を向いて言う。

 この間、独りで逃げようとしたのに。この場を自分ではなくヤムトに任せることに、シュトは不満を感じる。


「シュトも、ここから見て危なくなったら助けて欲しい」


 洞窟に向かいながら、タイカがシュトの肩を軽く叩いた。

 そうだ。ヤムトでは何かあった時にタイカを助けることが出来ない。自分が注視しなくては。

 視線をタイカに集中しようとして、ふと気になりヤムトの方を見た。

 同じく洞窟の方を見ていたが、不機嫌そうでもあった。

 違和感。普段ならタイカを心配する自分を揶揄ってきそうだが、そんな様子もない。

 気にはなったが、それよりもタイカだ。

 洞窟へ視線を戻す。


 タイカが洞窟へ入る。背中が見える。狼は動かない。

 洞窟内の影に消えた。

 姿が見えない。十を数えない内に、シュトは不安になった。狼は動いていないし、中から音も聞こえない。

 飛び出していきたくなる。

 腕を掴まれた。ヤムトだった。


「怖えなあ。でもまだ出るべきじゃあせんでしょ」


 ヤムトを睨んでいたらしい。

 気付けば、身を乗り出していたようだった。

 ヤムトを見る。口で言うほど怖がっていないように見えた。

 先程の違和感もあり、冷静になれた。


「そうだね」


 素直に謝る。洞窟の方を見返すと、タイカが出てきた。外套を着ていない。その継ぎ接ぎだらけの外套で何かをくるんで、抱きかかえていた。

 狼は移動せず、首だけをタイカに向けていた。タイカの抱きかかえる何かを、じっと見つめている。

 タイカが手招きしている。

 シュトとヤムトは、タイカの許へと向かった。




 タイカが抱えていたのは、小さな少年だった。

 三、四歳だろうか。眠っているが、顔が蒼ざめている。


「この子を暖めなくては。あとは」


 タイカが洞窟の方を見る。洞窟は浅く、中が見て取れた。

 人が寝ていた。三十歳前後と思われる、女性だった。

 髪は白磁の色で、少し青味がかっている。

 《はふり》なのか。白髪にしてはあまりに艶やかな色合いの髪に、シュトは緊張した。

 ただし緊張したのは、彼女が《はふり》らしいからだけではない。

 女性は、動きがなかった。呼吸していればあるはずの、わずかな胸の動きすらない。


 死んでいた。


 死臭はない。低温であるこの土地のせいか、あるいは死んでからそれほど時間が経過していないせいか。


「彼女も運びましょう。天幕用の布を出してください。彼女を包みます」

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