第二話 氷狼

第一章 - 白い影 -

 冷気を感じた。


 森の中である。木々の間を冷たい、薄く白い霧が揺蕩たゆたっている。

 シュトは外套の袖を締めた。黒い長毛の、熊の毛皮をなめした外套である。

 先日立ち寄った村で譲り受けた。その村は蛮族に襲われ死者が出ており、外套は遺品を手直ししたものだった。

 この辺りは今まで旅してきた森よりも寒い。木の種類も変わっている気がする。葉が、刃のように細い。

 植生というのだと、タイカから教わった。


 再び、冷気を感じる。風だ。前方、木々の隙間から吹いてくる。

 白霧の中を見据える。風上に何かいる。

 鋼が擦れる音がした。タイカが双剣を抜いていた。ヤムトはというと、一段下がり相棒の毛長駝鳥、薄墨姫をなだている。


 それが、ゆっくりと霧の中から現れた。


 狼だった。

 白と、灰色の狼。灰色の毛並みが、先になるにつれ白く霜が降りている。

 そして赤い目。


 《狂える獣》だった。


 《狂える獣》は氷の精霊に取り憑かれた獣である。

 常ならば、新たな依り代を求めて人を見れば躊躇なく襲い掛かってくる。

 だが、その狼は霧の中、こちらを見つけたたずんだまま動かない。

 狼が視線を逸らす。元来た方を見つめる。

 視線が外れシュトは一瞬肩の力を抜いたが、狼が再びシュトたちの方へ視線を戻す。

 思わず、腰の油燈ランタンに手を伸ばす。

 が、狼は霧の奥へ身体を向け、ゆっくりと霧の方へ戻って行こうとする。


「ついて来い、ということみたいだね」


 タイカが剣を収めながら言う。


「ついて行ってみようか」


 その台詞は予想がついていた。ヤムトの方を見る。

 ヤムトが首を振った。口元あたりが白いのは、深く息を吐いたからだろうか。

 タイカが《狂える獣》とも意志を交わしていた場面を見たことがあった。

 血に酔う前の《狂える獣》なら対話が出来る。故に、あの《狂える獣》の行動に興味を持ったのだろう。

 こうなれば仕方ない。

 シュリと、次いでヤムトは狼を追うタイカの後に続いた。

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