第三章 - 決闘 -

 上手くいった。


 ヤムトは安堵の息を漏らした。気付かれない程度に、小さく。

 焚火の横。

 タイカと、ガドゥと名乗った蛮族の頭領が対峙していた。

 タイカは継ぎ接ぎだらけの外套をまとい、長剣よりはやや短い片刃の剣と、さらに短い短刀のような剣を構えている。対するガドゥは両手に長柄の斧を握っていた。先端には槍のような突起がある。いかにも重そうな得物だが、ガドゥの盛り上がった筋肉を見れば、斬るも突くも自在のように思えた。


 一瞬、時が静止したように感じた。

 が、ガドゥが抜き打ちで斧を払う。速い。タイカが後ろに飛び退き回避する。外套の一部が切り裂かれ、布が散った。

 ガドゥが斧を突き出した。先端の突起がタイカの腹を狙う。タイカが身体を捻り避ける。また斧が、斜めにはしる。それも回避。

 ガドゥの連撃をタイカが一方的に避けているようだったが、周囲の蛮族たちは真剣だった。囃し立てるような様子もない。

 ガドゥの攻撃は、振るった斧の圧風がヤムトの頬に届くほど激しい。それを避け続けているのだから、タイカが容易ならざる相手だと、蛮族たちも認識したのだろう。

 だが、そもそも得物の長さに違いがあり過ぎる。タイカも何度か、踏み込もうとしたようだがガドゥに隙が見えない。その上、底なしの体力を見せつける様に連撃を止めない。

 だが、埒が明かないと思ったのか、ガドゥの方から数歩下がり攻撃の手を止めた。


「なるほど、確かに戦士である」

「ならもう止めませんか」

「それはならん。精霊も照覧し給うこの戦い。決着がつくまで止める訳にはいかぬさ」


 タイカの求めに、ガドゥは笑って拒否する。熊が笑みを浮かべたらこんな顔をするのだろうか、とヤムトは思い顔をしかめた。

 再度、ガドゥが踏み込んできた。斧を振り上げ、振り下ろす。速い。タイカは避けた。後ろではなく、前へ飛びこむ。背を低くし、タイカから見て右側、ガドゥの左の腰の辺り。

 戦斧が弧を描いた。だが、遅い。少し迷いがあるように、ぶれて見えた。

 タイカが長い方の剣の腹を、ガドゥの左腰に叩きつけた。ガドゥがふらつく。ついで右足を、タイカが左足で払った。

 ガドゥが倒れる。仰向けに倒れたその巨体に、タイカが飛び乗り、短刀を首に突きつけた。


「負けたな」


 ガドゥが平然と言った。色めき立つ周囲を、ガドゥが手だけ上げて制する。


「万全だったら勝てませんでしたよ」

「いつ気付いた」

「避けているうちに。左側に避けている時だけ、少し鈍く感じたので」

「嘘だな」


 ガドゥが再び笑った。


「おぬし、勝負の前から俺の左目が悪いことに気付いていただろう。だから勝負を受けた」


 縛られているタイカから妙な視線を感じた。あの時、既に動きを読んでいたのだろうと、ガドゥは語った。


「この程度なら、と思ったが油断したな。このような目なら、いっそ要らぬか」


 ガドゥが親指と人差し指を左目に向けた。

 まさか、自分の目をえぐり取るつもりか。

 ヤムトは驚きに口を開けた。隣のシュトから、息を呑んだような気配を感じた。


「あ、いや。待ってください」


 タイカが慌てたように言う。


「その目、治るかもしれません」




 縄が断ち切られた。

 ガドゥの号令により、ヤムトとシュトも解放された。

 焚火の近くに席を貰え、水も分けてくれた。

 これで面目を保てたかと、ヤムトはシュトの方を振り返る。しかし、シュトの視線は相変わらず冷たかった。


「手前の口上で、丸く収まったじゃありやせんか」

「タイカに戦わせただけじゃない」


 ヤムトの抗議にも、シュトの態度は変わらない。

 そのタイカというと、焚火を挟んだ対面で、ガドゥと話している。植物を磨り潰したと思われる何かを小さな荒布に包み、そこから絞り出た汁をガドゥの左目に差していた。


「おお、よく見えるぞ」


 ガドゥがはしゃいだような声を上げていた。


「これは一時的なものです。ちゃんと直すなら、まず食事を改めた方がいい。獣肉ばかり食べていませんか」

「獣どもの霊をこの身に宿すのだからな」

「麦粥や、筋のある野菜なども食べてください。薬の作り方も教えますが、身体の中からも整えていかないと、いずれ薬も効かなくなります」


 ガドゥが何とも情けない顔をする。その様子に、周囲が賑わった。軽んじている雰囲気ではなく、安堵が強い感じがする。この頭領は慕われているようだ。

 わだかまりなく馴染めたのは、最初の戦闘で死傷者が出なかったこともあろう。何人かは手傷を負っているが、大したものではなかったようだ。

 それでもヤムトに対しては、蔑んだ目を向けている者も多い。戦士ではない、臆病者と断じているからか。

 それはそれで構わない、とヤムトは思った。タイカのように勝負を挑まれてはたまらない。


 シュトの方とはいうと、敬して遠ざけられるといった風だった。

 シュトが、焼いた肉を受け取り「ありがとう」と言っても、相手は頷く程度で早々に離れてしまう。火の《はふり》と分かる外見と、火を操る様も見ていたからだろう。氷の精霊を奉じる蛮族としては、扱いに困る存在に違いない。


 落ち着いたところで、蛮族たちの話を聞くことも出来た。

 彼らは予想通り、永久氷原に住む蛮族たちだった。狩猟と採集で生計を立てているが物資が不足すると、こうして南へ遠征し略奪に来ているのだという。


 予想通りの内容だった。


 「略奪」という言葉に、シュトが驚いた様子でタイカを見る。タイカの反応が薄いと見て取ると今度はヤムトを見るが、ヤムトとて特に感想はない。

 彼らにとって、これは日常の延長なのだ。実際、略奪を語る彼らは淡々とした様子である。

 略奪した品々は、食料や布地。それに何頭か家畜も繋がれていた。


「奴隷はいないんだ」


 シュトがつぶやく。ヤムトもそれは疑問に思ったので、聞いてみると。


「何故、部族でも戦士でもない奴らを連れて歩かねばならないのか」


 と、不思議そうに返されてしまった。蛮族には男女が混じり皆、一様に武装している。南方諸王国では戦争などがあれば、奴隷や人質としての略奪や暴行が伴うものだが、蛮族は考え方が違うのだろう。

 シュトに通訳してやる。

 シュトは眉をひそめ、何か考えている風だった。

 踏む込むこともないだろう。ヤムトは追及しなかった。


 翌日、ヤムトたちは蛮族と別れた。

 彼らは北にある自分たちの集落へ帰るのだという。

 ガドゥは薬とその製法の礼に、略奪品の幾つかを渡そうと申し出た。

 しかし、それをタイカは固辞した。

 ヤムトとしては、略奪品であれ物資が貰えるのは有難いと思ったが、タイカに加えシュトまでも乗り気ではない風であった為、黙っていた。

 ガドゥとしても申し出てはみたものの、より多くの品を集落へ持ち帰りたいのだろう。強く勧めはせず、代わりに別の言葉を残した。


「ならば北に来る時は、我が名をだすといい。我が族に連なる者であればお前たちを歓迎するだろう」


 敵対する族であれば保証せんがな、とガドゥは笑った。

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