第二章 - 挑発 -

 そして今に至る。


 タイカとシュトにしてみれば、ヤムトを見捨てて戦闘を継続する選択もあったのだが、三人の命を保障すること、シュトの油燈ランタンの火を消さないこと、三人の扱いについては再度交渉することを条件に、降伏に応じた。


 ヤムトたちの目の前では、野盗たちが焚火を囲み肉を焼いていた。

 野盗たちの野営地であった。森の中の幾分開けた場所で、隅には麻袋が積まれている。袋の口からは、穂のままの麦や、馬鈴薯じゃがいものような野菜が見えた。

 それらの中に、ヤムトたちの荷物もあった。シュトの油燈ランタンもある。鎧戸は閉じてあるが、僅かな隙間から光が漏れている。

 野盗たちは静かだ。淡々と食事の用意、あるいは武具の手入れをしている。

 時折、短く話をしているが、その言語は普段ヤムトたちが使っている言葉とかなり違っていた。


 その様子を不思議がったのか、シュトがタイカへ振り向き小声で話しかけた。


「あの人たち、何を話しているの?」

「よく聞き取れないけど、荷物の内容や持つ量の配分について相談しているみたいだね」

「片言みたいに聞こえる」

「言葉は、ほとんど同じなんだよ。ただ、発音や言い回しが独特なので慣れないと聞き取りにくいだろうね」

「ありゃ、蛮族の言葉ってやつでさあ。手前も使えますぜ」


 ヤムトが横から会話に参加する。

 が、シュトはヤムトの方に向こうともしない。独り逃げ出そうとしたことで、相当に嫌われたらしい。

 ヤムトはヤムトで言い分があるのだ。戦う気のないヤムトがいたら邪魔になるとか。だが、シュトは聞く耳を持たないだろう。

 肩をすくめ、改めて周囲を見回す。

 野盗たちの人数は、ざっと見た限り二十から三十程度の男女。焚火で肉を焼いている男が頭領だろう。

 野盗、という言い方はもう適切ではない。ヤムトは、そして恐らくタイカも彼らについて知っている。


 彼らは、永久氷原に住む蛮族に違いない。

 略奪遠征に来たのだ。

 白い肌は日差しの弱い北方の住人の証だ。農作ではなく狩猟が中心であり、獣肉ばかりを食べる彼らの体格は、概して大きい。

 だが永久氷原は土地としては貧しい。その厳しい環境こそが強い戦士を作っているのだが、物資は常に欠乏している。

 だから不足している分をこうして略奪で賄っているのだ。


 彼らは獣の霊と、氷の精霊を信奉している。毛皮をまとうのは、獣たちの霊力が毛皮に残っているのを期待してのことである。

 タイカは早々に彼らの正体に気付いたのだろう。だから交渉の際、氷の精霊に掛けて約束の遵守を誓わせていた。

 手を縛られることは認めたが、それもいざとなれば、シュリが火によって縄を焼き切れると判断しているからだろう。タイカとヤムトは多少火傷を負うことになるが、その程度は仕方ない。

 そのような訳で、ヤムトにはまだ気持ちに余裕があった。それはタイカも、タイカが落ち着いてる様子に安心しているシュトも同様だろう。

 だが、状況はどう転ぶか分からない。タイカはタイカで何か腹案があるかもしれないが、ここで自分が汚名返上しなければ、今後の旅に差しさわりがある。


 ヤムトは腹に力をこめた。




 冬の血族に名誉はないのか。


 そんな叫び声が聞こえた。

 何事かと思い、頭領であるガドゥは肉を焼いていた手を止め振り返った。肉を焼き、配分を決めるのは頭領の役目である。

 冬の血族。北の地に住まうガドゥたちは自らをそう名乗るが、声の主は違うようだった。

 捕虜にした三人。そのうちのひとり、中年の男が叫んだようだ。

 奴等は、なかなかに強かった。

 そして、そのうちのひとり。赤髪赤眼の娘。

 あの娘は、火の《はふり》であった。

 ガドゥたちは氷の精霊を奉じる。火の精霊は敵ではあるが、敬するべき敵、雄敵であり軽んじるべき存在ではない。

 警戒の為、縛したが対話次第では我が族に加えても良いとも考えていた。

 だが、あの叫んだ男。あの男には戦士の誉れはない。

 先におとなった村で逆らった村の男どもは、弱い故に戦士ではないが、奴は早々に逃げようとしたではないか。


 あの黄色と黒の混ぜ合わせたような若い男。不気味ではあるが、戦士として戦い続けた若い方の男ならともかく、あの恥知らずが名誉だと。

 何人かの同胞が色めき立つ。それを制して、ガドゥは叫んだ男に近づいた。


「我らに名誉がないとはどういうことだ。逃亡者」

「戦士と、その同行者を遇する扱いが出来ていない」


 中年男は平然と言ってのけた。縛られ座り込んだまま、ガドゥを見上げているのだが傲然と胸を張っている。度胸だけはあると褒めてやりたくなるほどだ。


「真の戦士なら、このように縛につかず戦い続けただろう」

「それは慈悲を知るが故。我が戦士は」と男は隣の、黄色と黒の斑髪の仲間の方を向いて続ける。

「この場にいる者どもの、誰よりも強い」


 周囲がざわつく。

 面白い。ガドゥは笑った。


「我らの中で、最強はこのガドゥである。この俺を凌ぐというのか」

「その通り」

「ならば試してみようか」


 ガドゥが背負った戦斧を引き抜こうと手を伸ばすが、そこに中年男が「待った」と声を掛けた。


「戦いには相応のものを賭けるべきだ」

「名誉があるではないか」

「名誉には、自由が伴うべきだ。我が戦士が勝利した際には、我らの自由と荷を求める」


 お前が戦う訳ではなかろうに。そうガドゥは思ったが、斑髪の男は、この逃亡者の命を助ける為に降伏した。斑髪の男にとって、それなりの価値があるのだろう。


「よかろう」

「氷の精霊に誓えるか」

「不遜な。だがいいだろう。誓おうではないか」


 斑髪の男が溜息をついたようだが、怯んだ様子はない。腕に覚えはあるようだ。背は自分たち並みに高い。それほど筋骨が太いようにも見えないが、油断は出来ないだろう。

 ガドゥは戦斧の刃を斑髪の男の縄に当てた。軽く動かす。縄が切れ、地面へ落ちる。


「誰か、この男の得物をもってこい。決闘である」

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