第八章 - 疑惑 -

 何故、村長は腕を失ったのか。


 疑問が村人の間に上がった。

《狂える獣》が退治されて数日後のことである。適切な治療の為、医術の心得もあるシュリは村長宅へ泊まり込んでいた。その為、会う時間も取れず少しばかり寂しく思っていた矢先、聞いた話であった。


「《物語り》殿は火の《はふり》でもあったのだろう。なら炎で獣を退治出来なかったのか」


 このような声である。赤髪赤瞳。火の精霊の《はふり》がどのように火を使うかを見た者など誰もいないが、強い力を持っていると、人々は想像する。期待する。それだけに失望も大きかった。


 勝手なことを言う、とタイカは思った。シュリは確かに最初の晩に、自身の容姿から《はふり》であると暗喩した。

 だが、その後シュリは自分の髪や瞳について何も言及していない。ましてや《はふり》であることを誇示して、何かを要求することもなかった。


 そして噂が追加される。


「村長は、シュリを庇って腕を失った」


 どういうことだ。タイカは驚いた。村長はタイカを庇ったのだ。シュリではない。

 噂する村人に怒鳴ろうとした。前へ踏み出す。その肩を、抑える手があった。

 振り返る。長老だった。無言で首を振る。はっとしたタイカは、村長宅へと駆け出した。


 家には、村長だけだった。

 幸いだった。感情が抑えきれない。大きな声を、赤ん坊に聞かせて怖がらせずに済む。


「どういうことですか」


 それでも、出来る限り声は抑えた。寝台から上半身だけ起き上がっていた村長は、まだ顔色が悪い。肘のあたりから欠けた片腕が目に入る。一瞬、胸が痛む。自分を庇った結果だ。

 だが、まるで来訪が分かっていたような様子に予想が確信に変わり、怒りが沸き上がる。その感情を抑えようと、拳を強く握った。


「《物語り》殿と決めたことだ」

「僕を庇う為ですか」


 そうだ、と村長が頷く。


「お前はこれからも村に住み続ける。俺は気にしないが、真実を知ればお前がいなかったらと、心ないことを言う者も出てくるだろう。なら、いなくなる自分のせいにしてしまえば良いと」


 それがシュリの提案だった。そして、村長はその提案を容れた。


「ですが、あの人は村の恩人です。あの人が居たから《狂える獣》も狩れた」

「その恩人が、望んだんだ」


 タイカが言葉に詰まった。あの人なら、そうするだろう。分かってしまっているが故に。


「もう村を出た頃か」


 村長のつぶやきに、タイカが顔を上げた。


「どういう、ことですか?」


 先程の誰何とは違う。戸惑いを含んだタイカの様子に、村長も気付いて尋ね返した。


「会っていないのか。先ほど、治療もひと段落したからと、別れの挨拶に来たのだが」


 最後まで聞かなかった。タイカは駆け出した。

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