第五章 - 狼 -

 狼が出たらしい。


 朝、村の衆がざわついていた。


「この辺りでは、狼は珍しいのかい?」


 シュリが問う。


「いえ。それほどでもないのですが」

「それが、とんでもなくでかかったんですよ」


 タイカの返答に、被せる様に村人のひとりが言った。


「それに毛の色が俺の知ってるやつと違っていた」


 白かったんですよ。村人の言葉に、シュリとタイカが顔を見合わせた。


「他には何か、気付いたことはありませんか?」


 タイカがやや早口で問いただす。


「なんだよ。お前がそんな風に聞くなんて、珍しいな」

「教えてください」

「そうだな。そうだ。奴を見た時、寒気がしたな。周囲の空気も何か光って見えた」


 タイカも寒気がした。間違いない。


 《狂える獣》


 氷の精霊に取り憑かれた獣だ。氷の精霊によってその体毛は霜を帯び白く染まる。周囲の空気も凍り付き、それが光って見えると言う。

 そして極めて狂暴である。依り代を失い、狂いかけた氷の精霊が獣の身体に逃げ込んだ為とされる。だが、身体を巨大化させるような話は聞いたことがない。


「氷の精霊が宿り続ければ、獣の身体にも影響がある」


 タイカの疑問を察したのか、シュリが答えた。


「その分、狂化の度合いも進んでいる。村長と相談しよう」

「なんだ。呼んだか」


 村の衆の中から声がする。村長の声だった。

 シュリとタイカは、足早に声の方へ向かった。




「《狂える獣》だって」


 村長が怪訝な顔をする。


「そうです。極めて危険な存在です。普通の獣と思ってはいけません」


 タイカが説明する。文献の通りなら、すぐにでも対策を立てなければならない。


「分かった。ではどうすればいい」


 村長の問いに、タイカは戸惑った。文献には《狂える獣》の危険性についての記録はあっても対策の記述はなかった。


「出来る限りの松明を。あとは火矢の準備を。松明は棒の先端に巻いて槍代わりに」


 代わりにシュリが答える。


「決して独りで行動しないよう。獣の周囲は霜で凍り付きます。移動中さえ気をつければ、松明の火で森が延焼する心配は少ないでしょう」

「分かった」


 村長が頷いた。


「悪いが、その《狂える獣》退治に協力してくれないか。貴方の知識が必要だ」

「無論。作物や家畜以外でも《物語り》の知識は大森林の住人の為にあります」


 シュリが請け負った。

 有難い、と村長が頭を下げると、集まっている村の衆に村の周りの森を巡回すること、二人以上で組を作るよう宣言する。


「貴方は俺と一緒に行動してくれ」


 村長の頼みに、シュリが頷いた。その様子に、タイカが割って入る。


「僕も。僕も連れて行ってください」

「お前はまだ子供だろう」

「子供でも、長老の子です。長老の家の男手は、長老以外だと僕だけです。長老の家だけ、巡回の人手を出さないのは不公平でしょう」


 村長が溜息をついた。ちらりと周囲を見る。何となく気まずそうな雰囲気であった。

 タイカが村長の実子であることは皆知っている。だからこそ安全な場所に置いておく訳にはいかないだろう。


「分かった。お前も俺の組だ。客人であるシュリ殿に迷惑をかけるなよ」

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