第四章 - 赤の物語り -

 タイカはシュリを《物語り》と認めざる得なかった。


 シュリの語る農法や作物、さらに家畜の育成などの知識はタイカの知らないものも含めて多様であり、他の土地の種子まで見せてくれた。村で育てている麦とは似ているが少し違う。


 そんなものまで見せられては、何も言えない。

 タイカはシュリを長老に紹介した。


 長老は最初、シュリの容姿に驚いた。

 しかしタイカが《物語り》であると伝えると、タイカの見立てであるならと、すぐに村長に取り次いだ。


「信用されてるじゃないか、少年」


 相変わらずのシュリの揶揄からかうような口調にうんざりする。

 村長も同席の上、話し合いが行われシュリは村に滞在し、知識を交換する運びとなった。


 その日の夜は、村長の家で歓迎の宴が開かれた。


 シュリが《物語り》ならば、その知識や知恵は貴重だ。村に利益を与えてくれる客人ならば、歓迎もする。

 滞在の間は長老の家で寝泊りするということもあり、タイカは世話役として任じられた。

 この宴でも、食事や酒を運ぶ役回りである。

 給仕役はいいのだが、村長の家は苦手だ。村長もだが、村長の妻と顔を合わせるのが気重なのだ。タイカの顔を見ると、いつも申し訳なさそうに縮こまる。

 いっそ養子に出た先妻の子など眼中にない、という振る舞いをしてくれた方が楽で良いのに。


「いやあ、この村は食事も美味しい」


 大きな声が聞こえてくる。シュリの声であった。


「以前、訪うた村でも美味しい味付けがあったが、こちらは独特の濃さがある。香辛に使える作物があるというのは、豊かな証ですね」


 その村では、とシュリが別の村での経験を語る。その村での工夫や、村での習慣を知らなかったが故の失敗談などを語り、皆を笑わせていた。


 こうして聞いていると、シュリは意外に繊細な配慮をしているとタイカは感じた。

 訪れた村の悪い点などや不快な思い出などは語らない。元々、嫌な経験を尾に引かない性格なのかもしれないが、過去来訪した村の悪い話などしたら、自分たちの村もどこかで悪い噂をされるかもしれないと、村人が危惧するのを避ける為だろう。


「それでも、若い娘さんが独り旅など、危なくはないんか」


 村人のひとりがシュリに尋ねる。


「娘なんて歳じゃないですよ。それに」


 シュリが笑い、腰を叩く。外套が捲り上がり、長剣が見えた。


「腕には些か自信もあります。さらに言えば」


 長い赤髪を掻き上げて見せる。


「この髪、この瞳を見て襲ってくるものもそういない」


 いちいち芝居がかっている。酔った村の男たちの中には、拍手する者すらいる有り様だ。

 常にはない色の髪と瞳の者は精霊と関わりがある。よほどの未開の地でなければ、常識であろう。超常の存在と敵対したいとは誰も考えないと、タイカも思った。

 

「実はそうでもないんだけどねえ」


 宴の合間。シュリは秘密を打ち明ける様に、こっそりとタイカに囁いた。


「大森林の村は互いにほとんどが隔絶している。近くの村では当たり前の習慣や知識が、全く違ったり伝わってなかったりするんだ。《はふり》だけ知ってる。《物語り》だけ知っている。両方知らない。精霊ではなく祖先の霊を信仰のもといにしている村なんかもある。そんな場所だと」


 シュリは自分の赤髪を指に巻いた。


「この容姿は、逆に厄介の種になったりする」


 肩をすくめ、それでも笑いながら言う。厄介事すら楽しんでいる風であった。

 変わった人だなと、タイカは思った。




 翌日。シュリは村内を歩き回り始めた。


 タイカは、長老の家で文献を漁るのかと思っていたが、シュリは長老と軽く話した後は、すぐに外に出て、最初にタイカが世話している畑へ向かった。

 そこで育てている作物について、幾つか質問をする。その会話が終わると、次には別の畑に移動する。そこで作業をしている村人に話しかける。

 そんなことを繰り返すのだ。

 昨晩、宴に参加しなかった村人には、タイカから口添えする。そのような形で横に居たタイカだが、驚いたことがあった。

 それは村人の話の内容だった。それぞれが、タイカの知らない農法を試していた。天候の見方、土の具合を調べる方法。ひとつひとつはちょっとした内容だが、知らないことばかりだったのだ。


「それは、訊かなかったからじゃないかい?」


 何度かのやり取りの後、タイカが思わず何故皆、教えてくれなかったのかと質問した際のシュリの答えである。

 確かにその通りである。シュリが聞き上手ということもあるだろう。シュリはほとんどの場合、身を乗り出すように話を聞き、要所要所で相槌を打ちつつ「それは良い」と讃える。褒めるだけではなく、具体的に何が良いかを伝える。

 話す側も、相手が分かってくれると思えば、興にも乗るだろう。そして最後に、シュリはこんなやり方もある、あるいはこうすればもっと良くなるのでは、と控えめに提案する。


「知識は交換すべき。それが《物語り》の勤めだからね」


 シュリが言う。

 提案の内容は、タイカも知らない知識が多かった。

 会話の後、タイカも質問する。

 すぐに答えてくれることもあったが、答えを言わないこともあった。


「それは少し考えてごらんよ、少年」


 面白がる口調で言われた。試すような含みを感じる。

 少し腹が立った。

 ならばとシュリの話していた内容を思い返し、村の記録を読み調べてみる。

 すると、確かに答えかそれに近しい知識がある。

 答え合わせに再度尋ねると、シュリはひどく嬉しそうな顔をする。


「なるほど、君はそう考えたのか」


 大袈裟に見えるほどに頷き、シュリが教えてくれる。答えが違っても否定せず、自分の知識では、考え方ではと教えてくれる。


「私の考えや知識が間違っているかもしれないからね。この考え方は面白い」


 良いね、と笑う。その仕草はタイカよりも余程子供っぽい。タイカ自身の頬も緩みそうになるが、はっとして顔を引き締める。

 何を考えているんだ、僕は。


「君は顔をしかめてばかりだなあ、少年」

「僕のことはいいんです。それより先程の質問の答えで、疑問があるのですが」


 貴方のせいだ、とも言えずタイカは強引に次の話題に移す。


 そんなことを数日、繰り返していくうちにシュリはすっかり村でも馴染になってしまった。

 赤髪赤瞳の異貌。長身で威圧感もあるが、話せば人当たりも好い。髪や瞳の色を除けば整った顔立ちで、年齢は不詳ながら美女といって良いだろう。村の女衆にも何故か人気があり、シュリにと、長老宅には何度か料理の御裾分けが届いた。


「良い村だ。つい長居をしてしまう」


 シュリはそんなことを言ったが、タイカにはこれこそが別れの前振りのように感じた。


 そんな中、事件は起こった。

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