第三章 - 不審な人 -

「やあ。良い畑だね」


 そこからさらに数年後。畑に鍬を入れていたタイカは、そう声を掛けられた。


「よく手入れされて、良い。穂の色も良いし太っている。良く手入れがされているのだろう」


 継ぎ接ぎだらけの外套を着た、背の高い女性だった。頭巾を深く被り顔は見えないが、声から女性と分かった。


 やたら、良いという人だな。そうタイカは思った。

 違和感もあった。腰にぶら下げた鉄の油燈ランタンの、覆いの隙間から明かりが漏れている。昼間なのに火をつけているようだ。熱いだろうし、邪魔にならないのか。不思議だった。


「すまない。名乗るのが先だったかな」


 答えないタイカの様子に、不審がらせたと思ったのだろうか。女性が言い、頭巾をはね上げた。


 赤かった。


 長い、赤い髪が風に流れた。火が巻き上がったようだった。切れ長の目の瞳も赤い。


「私の名はシュリ。《物語り》だ」


 《物語り》


 話には聞いたことがある。村の記録にもあった。各地の知識や知恵を収集し、他の村々と交換することを生業とするもの。その中には、生きた知見として作物の種子もある。他では育ちにくい作物を相性の良い土地へ持ち込んだり、作物同士を掛け合わせてより収穫量の多い作物を生み出す試みもしているらしい。

 多くの場合、村に利益をもたらしてくれる存在だ。


 だが、このシュリと名乗った女性は本当に《物語り》なのか。


「あなたは《はふり》ではないのですか」


 赤髪赤瞳。こちらも話に聞く火の《はふり》にある特徴である。視認できる証明が難しい《物語り》より余程、納得がいく。


「《物語り》と《はふり》の両方を兼ねることが出来ない、なんてのりはないね」


 シュリが笑う。にやり、といった感じの笑いである。朗らかというより、精悍さを感じた。


「なら、幾つか質問させてください。僕はタイカといい、この村の長老の子です。農法や作物のことならいささか知見があります」


「いささか、とか知見とか。君くらいの年齢だとなかなか使わない言葉だな、少年」


 シュリが言う。揶揄からかうような口調に、タイカは少しいら立った。

 そう、苛立った。

 苛立つ、というのは初めての経験だった。その感情に戸惑いながら、それでもタイカは言葉を続けた。


「タイカです。では、最初の質問ですが」

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