第二章 - その少年 -

 少年は疑問に思っていた。


 どうして自分だけ髪や瞳の色が違うのだろうか。

 他の人には見ることも察することも出来ない存在を、自分は感じ取ることが出来るのだろうか。


 少年の名を、タイカという。

 大森林でも南寄りの、ある村の村長の子であった。


 その村は渓谷にあって豊かな水源と土壌に恵まれていた。時に川が氾濫し、その対応に忙殺されることもあるが、まだ若い村長が精力的に先頭に立って働き、大きな問題に発展することもなかった。


 ある日、村長に子供が生まれた。


 村長は生まれた我が子、髪の色が半ば黄色、瞳も片方だけが黄色いその赤子の容姿を見て、二重に驚いた。


 まず第一に生まれながらの《はふり》など、知られる限り存在しないこと。《はふり》は人が精霊と契りを結び髪や瞳の色が変わるとされている。

 第二に《はふり》の特徴を半分だけしか発現していないこと。このような事例も、やはり存在しない。


 村長は村の衆と話し合い、赤子を村の長老に預けた。


 《はふり》に恵まれた村々では多くの場合、伝承としてその功績を残し、記録の管理を長老が司る。

 そして次なる《はふり》が生まれた際、長老が教育するのだ。

 タイカが《はふり》かどうかは分からないが、半ばでもその特徴がある以上、預けるのが筋であると考えた。

 母親は産褥で他界しており、赤子を世話出来るものが家にいない、という事情もあった。

 かくしてタイカは長老に育てられることになる。




 タイカと、他の人には見えない何かの最初の接触は、まだ記憶がおぼろげな幼児の頃であった。

 何か明るいものが見える。幼いタイカは手を伸ばしたが、傍らの長老には見えないようであった。

 見えてはいけないものが見えているのではないか。

 物心がつき、そのように感じたタイカは、見えない、感じていない振りをした。


 その見えない何かが、精霊という存在であることをタイカが理解したのは、タイカが五歳になった頃であった。

 長老の教育により、タイカは幼い頃から文字や村の歴史を知ることが出来た。村の歴史の中に登場した《はふり》とその伴侶である精霊の話から、その何かが土地の精霊だと理解したのだ。


「《はふり》と土地の精霊様は生涯寄り添い、村の繁栄に尽くしてくれた。その恵みは今だ色濃く残っている」


 長老はタイカを精霊を祀る社に連れて行き、そう説明した。

 タイカには、社の傍らに佇む金色の何かが見えた。時折、人の姿のように見えたが、輪郭はぼやけていることが多い。


「《はふり》は黄髪黄瞳の証が出る。お前は半ばながらその特徴がある。それはひときわ精霊に愛されているが為に生まれながらにその特徴がでたのかもしれん」


 長老がタイカの頭を撫でた。だが、タイカは疑問があった。タイカの見る精霊は、話に聞く《はふり》と精霊の関係のような親密な印象を受けない。

 悪意は感じない。

 敬してはいるが近づかない、という感じであった。


 多分、自分は《はふり》ではない。


 少なくても、長老の期待するような《はふり》ではない。

 タイカはそのように感じていた。故に精霊が見えることも隠していた。精霊が見えると知ったら、長老は自分を《はふり》として益々期待するだろう。




 さらに数年が経った。精霊が見えないというタイカへの期待は、段々と薄れていった。長老の養子、付き添いとして実の父である村長にも何度か会った。顔立ちはあまり似ていない気がした。

 母親似なのだな、と村長はどこか申し訳ない口調でタイカに述べた。


「この子の頭の出来は大したものだ。あと数年経てば、儂が教えることもなくなろうよ」


 実際、タイカは長老家の畑の一部を任され、収穫量を上げていた。その時に得た知見を長老を通して村の衆にも還元し、村へ貢献していたのだ。

 長老も、その功績を隠さない。十にも満たない子が、と神童という評判が立つほどであった。


「父上に教えて頂いたことを実践しただけです」


 父上、とは長老を指している。嬰児の頃に養子に出た身だ。そうとしか言い様がない。

 淡々と言うタイカに、村長が戸惑うような顔になる。そのようなタイカの態度が感情のない子、心を母親の胎内に置いてきたのでないかとも陰で噂されていることも、タイカは知っていた。

 知っていたが、特に思うところはなかった。

 村長の横では、村長が後妻に娶った女性が赤子を抱えている。

 村長の子だった。タイカの異母弟にあたる。


「僕は、父上のお手伝いをして生きたいと思います」


 長老を見る。長老は困ったような顔をした。しかし皺の多い口元がほころんでいた。長老には娘は居たが別の家に嫁いでいた。後継はいないのだ。

 自分の道はこれでいい。精霊を見ることの出来ない、次代の長老となる。長老は村の知識の番人だ。知識の蓄積があるので高齢になりがちだが、本来年齢は関係ない。

 不満はなかった。だが、自分は何者なのか。


 その疑問が、心に影を落していた。

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