第四章 - 夕餉と、その後 -

「それで、その村ではどうやって池を作ったの?」


 食事中も、食後もこれだ。シュトはうんざりする気持ちを顔に出さないようにしていた。

 だが、そろそろ限界が来そうだ。

 夕食は暖かく量も多かった。旅の中では考えられない。村長夫婦も自分の末息子と同い年位の子供であるシュトが気にかかるのか、食事を勧めてきてくれる。有難いが、戸惑いもあった。

 その合間合間に入るのがテシトからの質問だ。

 最初は何とか答えることが出来たが、段々と専門的な内容になってきている。タイカなら分かるだろうが、自分には分からないことも多い。


「ごめん。分からない」


 先ほどの質問もそうだ。川の氾濫防止と灌漑の為、貯水池を作っていた村の話をした後、受けた質問だった。


「テシト、あまり客人を困らせないように」


 まして、こんな可愛らしいお客人を。村長が愉快そうに笑う。

 笑えない。シュトはとりあえず口角を上げてみたが、笑顔になっているか自信がなかった。


「ああ、いいなあ。羨ましい」


 テシトが大きく嘆息した。


「外の世界を旅出来るなんて。僕も外の世界を見て回りたい」

「でも、死ぬよ」


 シュトのつぶやきに村長夫妻とテシトが、ぎょっとした風でシュトを見た。


「森には獣もいる。凍死するような寒さの時もある」


 道などない場所ばかり通るし、肌を草葉で切った場合、毒に侵されるかもしれない。毒がなくても処置を誤れば破傷風になりかねない。


「楽しむ余裕なんてない」

「それでも僕は」

 見てみたいんだ、とテシトが叫ぶように言う。流石に村長夫婦も困惑したのか、部屋に戻るようテシトに言う。


「すまなかったね」


 テシトが去った後、村長が言った。渋りながらも父親の言うことに従う辺り、テシトの育ちの良さを感じる。


「いえ」

「少し我儘に育ててしまったかもしれない」


 森の厳しさは良く知っていると、村長は言う。


「世間知らずで迷惑を掛けてしまうが、村に居る間だけでも仲良くして欲しい」


 そう頼まれると、断りづらい。戸惑いながらも、シュトは頷いた。




 テシトは不満だった。


 話を最後まで聞けなかった。両親が途中で遮り、話が終わってしまった。

 確かに矢継ぎ早に質問し過ぎてしまったかもしれない。だけど終わらせることもないではないか。

 今日教えて貰った内容も、何かに書き留めたい。木簡は残っていただろうか。

 だけど夜の闇の中では難しいだろう。

 寝台で横になっているが、なかなか寝付けない。しばらくすると、玄関の方から何やら話し声が聞こえてくる。


 兄の声だ。タイカたちと夕食を共にした兄が帰ってきた。普段の兄がなかなか出さない、大きな声だ。

 酔っているのか。村の寄り合いでも世話役に廻ることをが多い兄である。謹厳な兄の楽しそうな声に、自分も行きたかったと思った。

 兄は周囲からの評判も良い。村長が家業ということもないが、順当にいけば次代の村長になるだろう。

 兄は好きだ。家族も、村もテシトは大好きだった。だから、村長となった兄の補佐役になるであろう未来への不満はない。

 兄があまり興味を示さない、新しい農法や外来の種子について知識を蓄えているのも、兄の足りない部分を補佐したいと考えてのことだ。テシト自身に興味関心がある点も大きいが。


 だけど、考えてしまう。


 もし外の世界に出たらと。

 自分がシュトのようにタイカと共に旅が出来たら。氷の精霊に取り憑かれたという白い《狂える獣》や、森の中の見たことのない植物。木々の間から見える星空や南方にあるという、村の何百倍という人々が住むという街々。

 それらを見ることが出来たらと、そんな想像をしてしまうのだ。瞼を閉じれば浮かんでしまう様々な映像がテシトを寝かせてくれない。


 気付けば、扉の方から音はしなくなった。皆もう寝たのだろうか。だとしたら数刻は経っているのか。

 テシトは寝台から起き上がり、窓の戸板を開けた。月明りが差し込んで来る。

 外を見る。静かな夜だ。夜風が流れ込む。寒い。

 テシトは身震いした。戸板を閉めようとした時、視界の隅で何かが動いたような気がした。


 目をこらし、動きがあった方を見つめる。


 何かがいる。村の端、森の方から何かが出てきたようだった。

 狼ではない。狼にしては、背が高すぎるような気がした。しかし熊ほど横幅はない。

 両親や兄を呼ぼうか、とテシトは考える。だが、見間違いかもしれない。

 見間違いだったら、臆病だと思われるだろうか。

 それに、そんな臆病な自分が外に行きたいなどと言ったら、余計止められるだろう。

 自分で証明する。テシトは決意すると、靴を履き窓を乗り越え外へと出た。

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