第三章 - 酒席にて -

 改めて、不思議なひとだなと青年は思った。


 村の食堂である。酒も出す。

 村長の息子であるその青年は、タイカたちを酒席に誘った。

 外の話を聞きたいし、タイカは見た目は自分よりもやや年上程度にしか見えない。

 同世代の、外から来た人と話したいと思った。ヤムトは更に年嵩に見えるが、砕けた雰囲気で話しやすい。優し気だが本心が見えないタイカだけだと場が固くなった時に困ってしまっただろう。


「それで、その商人はどうなりましたか」

「さて、知りやせん。他でも阿漕な商売をしていたみたいですから、今頃借金を抱えて夜逃げしたか、身売りでもしてんじゃねえでしょうかねえ」


 ヤムトが南方諸王国での商談の話を語る。何でもその商人が酷く値切り、しかも他で取引出来ないように根回ししていたということだった。商人の名前や取引した街の名前は出さない。最低限の仁義は切っている、と最初に付け加えていた。

 商人や街の名前を出したところで、南方諸王国から遥か離れたこんな村では全く関係ないだろうに、と青年は酔い始めた頭で考える。


 横ではタイカが穏やかな表情のまま、杯に口をつけている。


 最初、タイカが森の中の生活術などを話していたのだが、正直あまり興味が持てなかった。もっと滞在した村や外の人の生活のことなどを聞きたかったのだ。

 そんな感想が顔に出てしまったのだろうか。雰囲気を察したヤムトが話を引き継ぎ、商売での経験談を語り始めたのだ。


「おふたりとも博識だ」


 青年が嘆息する。方向性は違えど、村の外での経験がふたりの語る話を厚いものにしている。十分に感じた。


「それに比べて自分の知識のなさが、情けない」


 タイカとヤムトが、何とも困惑した表情になる。


「そんなことはないでしょう。立派な跡取りだと、昨夜も村長が自慢されていたではないですか」


 タイカの慰めに、青年が首を振った。


「村の中の問題だけならそれでも良いでしょう。ですが、外の人と話す時に何も知らないのでは、あまりに情けないじゃないですか」

「何も知らないなど」

「いいえ、何も知らないも同然です。タイカさんと弟が話していた内容、それさえ俺は十分に理解できなかった」


 聞いていたのですか、と驚いているタイカに頷き返す。


「いやいや。手前も訳わからんでしたぜ」


 ヤムトが大仰に手を広げる。丁度ヤムトと村の産物が取引に使えないか交渉した後、ふたりして屋外に出た際にタイカたちの会話が耳に入ったのだ。


「弟御は、農業や作物について興味があり、そればかりを学んでいる。その成果でしょう。そのような学びの機会を提供できる、この村の豊かさこそが素晴らしいと思いますよ」


 そして、それを支える村長や補佐役を勤める貴方のような人が。そうタイカが語りかけた。

 青年が酒を呷る。


「そうでしょうか。俺はまだまだ自分が未熟者だと」

「自分が至らないと思うのは悪いことではないでしょうが、過ぎた謙遜は自分も周りも傷つけることがありますよ」

 ですがねえ、と青年が続ける。呂律が回らなくなっている。


 タイカがやや閉口したような表情をする。横でヤムトが見ている。何やら面白がっている風だった。


「こいつは長くなりそうな」

 なりそうな、じゃありませんよとタイカが文句を口にする。その声を、青年がぼんやりした頭で聞いていた。

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