第二章 - 距離感 -

 休憩後もテシトの案内で、村のあちこちを散策した。


 タイカが土を掬い、作物の葉や穂に触れる。その都度テシトが質問してくる。その質問にタイカが答えると、テシトが笑顔で頷く。タイカも微笑む。それを少し離れた場所から、シュトが眺めている。


 自分は何をしているんだろうと、シュトは思った。


 別に他の場所を見て回ってもいいんだよ、とタイカが言う。

 前日のうちに、村長から主だった村人たちに紹介は受けている。

 ヤムトは商談に勤しんでいるようだ。シュトについては、火の《はふり》でいらっしゃると、大仰に言われている。精霊を敬うこと厚そうなこの村で、害されるような心配はないだろう。

 だが、他に見たいものもない。かといって農作物やその耕法に興味もあまり持てない。

 そんな訳で、つかず離れずの距離でタイカの後を回っているのだった。

 ふと、タイカが足を止めた。


 そこは、精霊の祠だった。


 古いが手入れが行き届いており、みすぼらしい感じはしない。柱の朱色も何度も塗り直しているようで、微妙な色合いの違いに深みさえ感じる。


「昔、この村にも《はふり》がいらっしゃったそうですよ」


 テシトが言う。


「そのおかげで畑を大きく広げることが出来ました。《はふり》が亡くなり、土地の精霊と語れる人が居なくなりましたが、土地の恵みは変わらず、だからこうして僕たちは精霊に感謝しているんです」


 テシトが祠に頭を下げる。その様子に、タイカが微笑んだ。


「そうだね。《はふり》は人の子だから、寿命がある。だけど精霊には」


 一瞬だけ、間があった。だが、すぐに続けた。


「寿命がない。だから《はふり》が亡くなっても精霊は、その土地の住民を守り続けてくれる」

「火や、氷の精霊は?」

「知りたがりだね」


 タイカは笑った。


「火は、次の《はふり》が現れるまで待ち続けるらしい」


 曖昧に答える。シュトに配慮してくれたに違いない。

 知識としては、タイカはもっと深い部分まで知っているのだろう。例えば、南方諸王国では精霊が宿る火を隔離して自らの血族の子女にしか会わせず《はふり》を独占しようとする者たちがいるとか。

 だが、そのような話はシュトの過去を刺激する。奴隷だった過去。

 《はふり》となったことはシュトにとって祝福であったが、攫われ殺されかけもした。

 テシトがシュトの方を見やる。


「氷の精霊は」


 しかし、説明を続けるタイカへすぐに向き直った。氷の精霊は、と言うタイカの声音に少し深刻な、沈痛な趣を感じたせいかもしれない。


「狂う」


 その言葉に、テシトが目を見開いた。


「氷の精霊は特に《はふり》に対して愛情というか、執着が強い。《はふり》を失い、あるいは見つけられない精霊は惑い、狂乱する。獣の身体を使ってでも無理に探したりしようとする精霊もいる」


 それが《狂える獣》だと、タイカは言った。


「僕はまだ見たことがないけど、話には聞いています」


 想像したのだろうか。テシトは怯える様に両腕を抱えた。


「君を見ていると、昔会った少年を思い出すよ」


 場の雰囲気を変えようとしてか、タイカが殊更明るい声を出した。


「へえ、どんな子なんです?」


 テシトも乗ってくる。


「頭の良い子でね。ここよりずっと南東の」

 と、太陽を見上げて方角を確認した後に指差す。


「あちらの方の村に住んでいる。頭の良い、読み物の好きな子だったよ」


 どうしているかなあ、などと呑気に語るタイカに、テシトが朗らかに笑う。

 そんな子は知らない、とシュトは思った。シュトと会う前の話だろう。


「タイカさんは精霊のことにも詳しいんですね」


 テシトが目を輝かせて言った。


「タイカさんの髪の色も半分黄色だし、瞳も黄色ですよね。《はふり》ではないのですか?」


 悪意のない質問に、タイカが苦笑した。


「瞳も片方だけだし、生まれつきのものだよ。《はふり》ではない」

「でも、色々なことをご存知です。もっと教えてほしい」


 テシトが目を輝かせている。自分とは違う、そうシュトは感じてしまう。

 何がどう違うかは、うまく言葉に出来ない。生まれや育ちもあるけど、それ以外の何かも感じてしまう。

 何が違うのだろう。それを知りたい。そんな理由で、沈む気分を自覚しながらも付かず離れずついて回っていた。




 結局、違いは分からなかった。


 土壌や農作物の知識は、タイカとテシトの会話を聞いている内にかなり覚えてしまった。しかし、シュトにはあまり興味の持てる分野ではない。森の中で毒のある草葉を選別するような、旅の中で役立つような知識ではないからだろう。


 宿泊している村長の家に戻り、あてがわれた自分の部屋でシュトは溜め息をついていた。

 個室を用意してもらえること自体、厚遇されている証拠だ。さらにいえば、客人に個室を用意できる位、村が豊かであるということでもある。


 扉が叩かれる。開けると、テシトが立っていた。


 夕食の時間になったので、シュトを呼びに来たと言う。

 確かに気づけば日も傾き、部屋も暗くなっている。テシトの案内で広間へ向かう。

 居間と食堂を兼ねたその部屋には、村長夫妻が待っていた。

 タイカとヤムトが居ない。通路を振り返る。人の気配は感じない。


「タイカさんたちなら、外で食事してくるよ。うちの長男がタイカさんと話したがってね」


 シュトの様子から察したのだろう、村長が説明した。

 まあ親の前では話しにくいこともあるだろう、と語る村長の話を半分聞き流し、後を追おうかとシュトは考えた。

 袖が引っ張られる。テシトだった。


「君からも、旅の話を聞きたいんだ」


 拒否されるなど想像も出来ない。そんなテシトの表情に、シュトは少しいらついた。が、にこやかな村長夫婦の前で怒ることも出来ない。ヤムトも一緒ということは、酒も入るのだろう。だとしたら自分が居たら、タイカが気にするだろう。

 シュトは溜息が出そうな気分を抑えて、席に着いた。

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