第十話 憧憬
第一章 - 村の少年 -
シュトはふう、と気の抜けた息を吐いた。
何日かの旅の後に寄った村、その昼下がりである。
その村は今まで訪れた中でも比較的規模が大きかった。村外れには牧場が見える。やや傾斜したその土地を、豚たちが鼻で土を穿り出している。
ああして豚が荒地も開拓してくれるのだと、少年が教えてくれた。
少年の名はテシトという。村長の末息子であり、今はタイカの隣りにいる。
タイカは畑の中で村人と何か話していた。その横について、熱心な様子でテシトが会話を聞いていた。手帳などがあれば一言一句書き出していそうな雰囲気である。
シュトは畑の隅にある大きな平石に座り、その様子を眺めていた。
村は、タイカの持っていた地図に載っていた。
ヤムトの案内ではない。ヤムトは最初、自分の知っている経路から外れることを嫌った。だが、ヤムトの話を聞いていたタイカが懐から古い地図を取り出した。ヤムトの話す地形がその地図と近しいと言い、是非にと回り道を提案したのだ。
それは成功だった。
こんな村があったのかと、ヤムトも驚いた。大森林は互いに隔絶していることが多い。僅かばかり離れた場所に、知らない別の村が存在していることもあるだろう。
しかし地図だけを信じて知らない森の中を進むのは、流石に賭博が過ぎる。ヤムトの判断は正しい。
だから、タイカも誇るような真似はしなかった。
村には、何十年か前に《物語り》が訪れたこともあるらしい。その役割も記録に残っていた。
だから、タイカも安心して自らを《物語り》と名乗り、知識の交換に勤しんでいた。
ここ最近は、事件やら何やらに巻き込まれ《物語り》の役割を果たせなかったこともあるだろう。村人と話すタイカの表情も晴ればれとしているように見える。
シュトは表情が少ないとヤムトなどに言われるが、表情を読めないという点ならばタイカも同様だ。
いつも穏やかな風である。それでも、一緒に旅をしてきている。そのシュトの目で見れば、タイカの機嫌は相当良いだろうと感じられる。
だからこそ《物語り》の仕事を邪魔してはと、こうして離れて待っているのだが、一方でテシトはタイカに張り付いている。
「あの子は頭がいい。色々なことに興味も持っている。村にいる間、色々と教えてやってくれないか」
タイカは、そう村長に頼まれたのだ。
性格は良いのだろう。村長には息子がふたりいる。下の息子、それも兄とはかなり年の離れた子供ということもあり家族から愛されて育ったのが分かる。素直な印象もある。自分の赤髪赤瞳を見て最初は驚いていたが、その後は物怖じせずに話しかけてくる。
親の贔屓目ではなく、頭も良いのだろう。タイカから教えられたことを、帰宅した後すらすらと木簡に書いていた。シュトもタイカに文字を教えてもらっているが、あのような速記は出来ない。
タイカと二言三言話した後、テシトが駆け寄って来た。
「タイカさんが、休憩しようって」
屈託なく笑う。やはり自分の赤髪赤瞳を恐れた様子はない。この村では土地の精霊の社があり、精霊は敬うものだと教えられているからか。
そんな考えが頭をよぎるが、すぐに否定した。シュトは少しだけ、自分が嫌になった。
どうしたの、と少年が心配そうに覗き込んでくる。
止めて欲しい。とは言えず、シュトは頷くと岩から降りた。
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