終章 - 未熟 -

 結局、その日のうちにシュトたちは村を出た。


 ヤムトは前日の内に食料の調達を済ませていたのだ。

 何とかしやしょう、などと言っていたが準備は済ませていた。恩着せがましい、という気持ちはある。けれど慌てて出ていくような原因を作ったのはシュトなのだ。責める気にはなれなかった。


 少年は増水で中州となってしまった川辺で立ち往生していた所を、タイカに助けられたのだそうだ。

 放置していたら、さらに増水した川に流されてしまっただろう。釣り竿を回収しようと急流に嵌まり、足を捻ってしまった。動くことも泳ぐことも出来なかったのだから。

 大事な釣り道具が流されてしまったと消沈する少年に、タイカは村近くの森で採れる、薬効のある草木を教えた。新しい釣り道具を入手するまで、それで糊口を凌いで欲しいと言うタイカに、親子は何度も礼を言っていた。


「あの親子には、礼金を渡してありやす。釣り道具なんぞ、それで用意出来るでしょうに」

「それでも、足を怪我していますからね。釣り道具だって売り手が見つかるか分からない。苦しい生活になるでしょう」


 ダクシヤの処遇については、最後まで見届けていない。

 村人たちが立ち合いに難色を示したからだ。

 余所者の、しかも激高した火の《はふり》に恐ろしさを感じたのかもしれない。


「あの男は、結局何だったんでしょうねえ」


 ヤムトがつぶやく。


「恐らくですが、南方諸王国から逃れてきた知識階級ではないでしょうか」


 この近くには川がある。ある程度の見立てと技術があれば井戸を掘ることは出来たのではないだろうか。

 黄色い髪は染料があれば何とかなるだろう。瞳の色はどうしようもないが、髪の色だけでも《はふり》を見たことがない者たちなら、誤魔化しも利くかもしれない。


「なんで南の出だと思ったんで?」

「シュトへの態度ですよ」


 南方諸王国では火が奉じられている。そこから逃れてきたのなら、火の《はふり》に対しては畏敬か、あるいは憎悪か。いずれにしても複雑な気持ちがあるだろう。

 それがダクシヤには表れていた。隠そうともしなかったのは、そんな南方諸王国出身者固有の感情など、この土地では悟られることはないと高を括っていたのかもしれない。


「しかし南から逃げてきたのにしても、よくもまあこんなところまで生きて来れやしたねえ」

「そうですね。それこそ何かの加護があったのかもしれません」

「まあ運があったにしても、それが尽きたということでやすかね」


 それはどうでしょう、とタイカは首を振った。

 もしかしたら土に埋められても生き残り、地面から這い出せるかもしれない。そもそも埋められるかも分からない。

 人を生き埋めにするなど、正気ではなかなか出来ないだろう。

 ただ、ダクシヤを信奉、いや盲信していた少年。あの少年がダクシヤを《はふり》として証明したいと、村人たちを説き伏せてしまうかもしれない。


「それより、申し訳ない」


 タイカが、ヤムトに頭を下げた。


「精霊が絡むということで興味をもってしまい、深入りが過ぎました。おまけにあんな騒ぎを起こしてしまったら、あの村で取引など出来ないでしょうに」

「ああ、気にせんでください」


 ヤムトが手を振った。


「あの村では、元々そんなに旨味がある取引など出来やせんでした。それに次に来る時は何年か後になるでしょうから、その時には手前の顔など忘れているでしょうや」


 何せ、お二方の印象が強すぎるので、とヤムトは笑った。

 ふたりの会話を聞きながら、シュトは身が縮まる思いだった。

 ダクシヤに対する怒りは消えないが、タイカに迷惑を掛けてしまった。

 ふたりはそれを気にする様子もなく会話している。そんな余裕はシュトにはない。

 俯いてしまう。肩が落ちる。その肩に、手が置かれた。

 タイカだった。


「シュトにも謝らないとね」

 早々に退散すべきだったと、タイカは続けた。


 違う。違うのだ。

 迷惑を掛けた。それで見捨てられるとも、もはや思わない。

 だけど最初の頃の、守られ過ぎている位に守られているような関係も嫌なのだ。

 だから、不安に思いながらもタイカが気安く行動していることに満足もしていた。

 シュトを過剰に意識させていない。タイカが唯々ただただ守ることを意識して行動していないことに、安心した。


 だから、止めなかった。


「謝らないで」


 シュトが言った。思いの他、強い語気になってしまった。

 タイカが少し驚いたような顔をしている。

 

「私が、気をつけるから。タイカには自由にして欲しい」

 私のことは気にしないで。最後の言葉はつぶやくように、尻すぼみになってしまった。

 言っていて、この言葉自体が構って欲しいからなどと思われないか。そう感じたから。


 タイカが戸惑いながらも、そうか、とつぶやいた。

 

「なら、言い方を変えようか。気にはして欲しい。でも気に病む必要はない」

 

 お互いにね。

 そう、タイカは言った。


 難しいことをいう。シュトは思った。

 だけど、それが出来るのが大人というなら。

 早く大人になりたいと、シュトは願った。




 ── 第九話 了 ──

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