第五章 - 決別 -
夕方になり、雨は小降りになってきた。
村の端、井戸の近く。
ダクシヤが掘ったというその井戸の横の空地に、ダクシヤ率いる村人たちは社を作り始めた。
流石に一日で、それも雨の中では全て完成とはいかない。しかし土台程度は出来た。
急造の
木戸の窓越しに、シュトはその様子を眺めていた。
結局、シュトたちは別の家へ宿泊することになった。
社を作る集団に追いついた後、タイカが家主は腰を痛めているし別の形で貢献した方が良いと建築の参加を翻意するよう説得した。
これは会話を耳に挟んだダクシヤも賛成し、寄進でも参加したことになると援護した。
しかし家主は頑なに譲らない。そこで雰囲気が悪くなった。
さらにダクシヤが、雨除けの頭巾から覗くシュトの瞳と髪の色に興味を示した。
「君は、いやあなたは火の《
これが、タイカの言っていた「利用しようと企む」か。
シュトは身構えるが、ダクシヤは話かけるのを止めない。
出身や、終いには共に社の守り手にならないかと誘うに至り、流石にタイカが間に入った。
ダクシヤが不快そうに眉をひそめる。
タイカの顔を正面から見た。一瞬の後、動揺したように顔を強張らせる。
髪と、瞳の色を見たに違いないとシュトは思った。
タイカの片方の黄色い瞳。ダクシヤのやや薄いだけの茶色の瞳と比べれば、麦穂と腐りかけた枯草ほどの違いがある。
タイカから視線を反らすと、同士とならない者は去れと、言い捨てて作業に戻った。
これが決定打となった。
家主が、悪いが出て行って欲しいと言い出した。
何か条件を付けようとしたヤムトを制し、タイカが頷く。
その時のタイカの目は突き放すように冷たく、家主の方こそ怯んでいたように見えた。
そして、ヤムトは別の知り合いを頼ったのだ。
その人物も寡婦で、先ほどの家主と比べると幾分若かった。どちらかというとダクシヤに懐疑的で、そのことが逆に交渉の助けになった。
ヤムトは夫の居ない女性ばかり知り合いが多いとシュトは呆れるが、ともあれ次の宿泊先が見つかったのは有難い。
家は井戸から少し離れただけの場所で、井戸よりやや高い位置にある。井戸や社の土台もかろうじて見通せる。
そのような訳で、シュトは建築の様子を眺めることが出来たのだった。
「大変だったでしょう」
新しい宿泊先の主である婦人が、シュトに麦粥を差し出してきた。作り立てで、湯気が出ている。
ありがとう、とシュトは礼を言い受け取る。
「お嬢さんはお幾つなのかな。ちょっと今、外に出ているけど私にも同じ年位の息子がいてね」
口調が優しい。前の家主と比べると痩せているが、雰囲気はずっと柔らかかった。
最初からこちらで世話になれば良かったのに、とは思ったが、先の家屋よりずっと狭い。子供とふたり暮らしとなれば、さらに三人を容れるのは
それでもヤムトが提示した礼金に応じたのだから、暮らし向きは良くないのかもしれない。
そこまで考え、他人の生活まで慮れるようになった自分自身に、シュトは驚いた。
黙り込んでしまったシュトに、婦人は気に障ったらごめんなさいね、とその場を離れた。
気を使わせてしまった。
何か言うべきだろうが、言葉にならない。申し訳ない、とシュトは思った。
「息子が帰って来ないのです」
日も落ちた頃。表情が暗くなっている婦人にタイカが尋ねた。
息子さんはどうされたのですか、と。
その返答である。
「息子は、魚を釣りに行きました。雨だからと止めたのですが」
一度切り出すと堰を切ったように語り始める。不安だったのだろう。
タイカの顔も真剣になる。雨の日は川も増水している。危険なことはシュトにも理解出来た。
「雨の日は、魚が浅瀬に出てくることが多いと。それに」
言葉を切った。言いにくそうにしている。
「私たちのせいですね」
穏やかな口調で、タイカが補足した。食い扶持が増えたからか。シュトは察した。
タイカが立ち上がると、外套を手に取った。
「見て来ます」
自然な仕草に一瞬遅れたが、シュトも外套を取ろうと手を伸ばす。
が、その手をタイカが抑えた。
「外は危ない」
「でも独りだと何かあった時」
「私はずっと独りで旅していたんだよ」
返す言葉を探し、あきらめた。
「しかし、お客人に」
躊躇いがちに、婦人も止めようとする。
「気にしないでください。私は旅慣れています。こういう天候の夜も何度も歩いている」
タイカが婦人をなだめた。
嘘だ。シュトは思った。
そもそも天候が悪い、しかも視界の効かない夜などは移動しない。
しかし、タイカは散歩のような気軽さで外へ出てしまった。
恨みがましくヤムトを見る。
どうしてタイカを止めるか、せめて同行を申し出なかったのか。
大人で、シュトと同様旅慣れたヤムトなら同行を了承したかもしれないのに。
ヤムトが肩をすくめた。
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