第四章 - 再び、説く男 -
翌日も、雨は止まなかった。
流石に村人から不安の声が出てきたらしい。
「まったく、恵みの雨なんだから」と家主が口を尖らせながら、不安視する村人たちに不平を述べている。
不平を述べながらも、家主自身も少し不安そうだった。
不安を打ち消す為に、敢えて強気の言葉を吐いているようにシュトには感じられた。
そんな折、外から騒ぎ声が聞こえてきた。
雨の中、何人かの男たちが騒いでいた。騒ぎながら行進している。
「あっちは、ダクシヤさんの家じゃなかったかい」
家主の目が泳ぐ。幾ばくかの躊躇いの後、掛かっていた外套をまとい始めた。
「どうしたのですか」
「ちょっと見てくるよ。あいつら、ダクシヤさんに何か仕出かしそうだ」
タイカの質問に、家主が答える。
下手なことをしたら精霊様の祟りがある、と家主は言い捨て家を出る。
余程慌てていたのだろう、余所者のシュトたちを置いて外出してしまった。
残ったシュトたちは顔を見合わせる。
追いましょう、とタイカが言う。
「流石に宿を借りた恩があります」
ヤムトが溜息をついた。
「そう嫌な顔をしないでください。危ないことをしないよう、騒ぎの輪に入らないよう止めるだけです」
自分たちが渦中に入る訳ではない。家主を止めるだけだとタイカは主張した。
村のやや外れにある小屋を、先ほどの男たちが囲もうとしていた。
別の村人たちがそれを防ごうとして押し問答になっている。
小屋の入口辺りが特に騒がしい。
家主も人混みに飛び込もうとしている。その腕をタイカが掴んだ。
「何するんだい」
「危ないですよ」
「あんたはそう言うけどねえ。あの連中、扉を破りかねない」
どうだろうか、とシュトは思った。
扉を守ろうとする側も、押し入ろうとする側も本当の殺気というものを感じない。
自分の殺そうとした男たちを思い出す。あの時の、肌を
お互い同じ村の住人同士なのだ。そして自分たちの正しさを信じ切れてもいないのだろう。
声ばかりは大きいが、不安を発散させようとしているだけに見える。
「これはやべえかもしれやせん」
しかし、ヤムトが小声でつぶやく。
「最初その気がなかろうと、口喧嘩から殴り合い、殺し合いにだってなることもあるんですぜ」
不審気に見るシュトの視線に気づいたのだろう、これも小声でヤムトが説明してくれた。
確かに、声の調子が段々大きくなってきている。
村人のひとりが、別の村人の胸倉をつかんだ。
これは確かに危険かも、とシュトも思ったその時。
扉が内側から開いた。
ダクシヤが出てきたのだ。
「皆、やめるんだ」
両手を広げ、ダクシヤが訴える。
「なら、雨を止めさせてみろ」
押し入ろうとした村人のひとりが叫んだ。
「止めるとも」
ダクシヤが即座に応じた。村人たちの動きが一瞬止まる。
「ただし、社を建設するのが先だ。小さくともよい。まずは我らが精霊様を敬っていることを示すのだ」
「その間、雨は止まないっていうのかよ」
別の村人の声に、ダクシヤが首を振る。無念そうに眉を寄せている。
「分からぬ。だが、精霊様には訴え続けてみよう」
ともかく社作りからだ、とダクシヤは続けた。
「私は往く。精霊様を信じる者は、続くがいい」
ダクシヤが一歩前へ踏み出す。気圧されたように、村人が割れて道が出来る。
ダクシヤのすぐ後ろから少年が飛び出してきた。
小屋の隅に置かれた台車を曳いて、ダクシヤに続く。
台車には、木材が積まれていた。
その後ろ姿を見合わせた後、村人の一部がダクシヤを追った。ダクシヤを《
ついで、反対派だった村人の中からも数名、その後ろに続いた。
残った面々も、戸惑いや恐れ、あるいは舌打ちなど、それぞれ表情は違うか不安の色を隠せない様子でその場から去った。
家に帰った村人もいるだろうが、さらに何人かは気が変わってダクシヤを追うだろう。
家主だが、早々にタイカの手を振り払い、ダクシヤに追従していた。
残ったのはシュトたちだけである。
「あの野郎、木戸の隙間から出張る機会をうかがってやがったな」
ヤムトが呆れた風で言う。
シュトも、ダクシヤの仕草は大袈裟なように感じていた。
「であるとしても」
家主が行ってしまったのだ。放っておくわけにもいかないと、タイカは言った。
「別の伝手を探しやしょうか。手前には、どうにもあの《
「それでも一言、宿を借りた礼を言うべきでしょう」
タイカは頑なだ。道理ではあるけれども、あの集団と関わるのは避けたいというのがシュトの内心で、ヤムトも同様なのだろう。
この村に入ってから、ヤムトと似た感想を抱くことが多い。
「まあ、向かいましょう。話すだけ話してから、その後で考えればよい」
そして、タイカの方針に折れることも。
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