第三章 - 雨 -

 翌日は雨だった。


「本当に降りやしたね」


 口笛でも吹きそうな口調で、ヤムトが言った。上機嫌、というより馬鹿にしたような態度だ。


「旦那には分かっていたんじゃないですかい」


 ヤムトがタイカに話を振った。

 タイカが困ったように笑う。


「雲の流れからすると恐らく雨が降るだろうな、とは思いました。確実ではないですが」


 雨が降る方に賭けたのなら、なかなかの山師ですね。そうタイカはつぶやく。

 やはり、という気持ちがあった。しきりに空を気にしていたのだ。何か察していたとは思っていた。

 村人に真実を伝えなくていいのだろうか、とシュトは考えた。


「何か、思うところがあるようだね」


 考え込んでると、タイカが問いかけてくる。


「あのダクシヤって人、嘘をついているんでしょう?」

「それはどうだろう。本当に託宣があったのかもしれない」


 ただし、とタイカは続けた。


「土地の精霊は、大地を司る。天候のことなど分からないはずだよ。それにね」


 このまま、めでたしめでたしで終わるとは思えないんだよ。

 そう、タイカが言った。そして真剣な面持ちで付け加える。


「シュト。今のようなことは他の人には言ってはいけないよ」


 今のようなこと、とはダクシヤが嘘をついてるといったことだろうか。

 シュトは尋ね返した。


「そうだよ。私たちは一時しかこの村に居ない。すぐに出ていく余所者なんだ。私も今回ばかりは《物語り》として、この村と何かしら交換するということも出来そうにない」


 知識も知恵も、あるいは作物の種も、村では重要なものと考えられている。お互いの信用、信頼関係が築けない状態では、交換はままならないだろう。村に騒動がある現状では、むしろ知恵者とされる《物語り》は警戒されるか、逆に利用しようと企む者も出るかもしれない。

 たしかに、とシュトは頷いた。あのダクシヤとかいう男などは、シュトたちを利用しようと企むかもしれない。


「特に君は一目で《はふり》と分かる」


 赤髪赤瞳。髪の色は染められても瞳までは染められない。


「だから、村に影響が出るような言葉は控えて欲しい。いいね」


 シュトは頷いた。が、同時に思う。そう言っているタイカこそ、困っている子供が目の前にいたら助けに走ってしまうのではないかと。タイカなりに基準があり、その線引きの埒外にある人にまで手を伸ばすことはないようだ。だが、その線の範囲が、こと判断力がまだ幼い子供などになると意外に広くなる。

 だけど、否定も出来ない。シュト自身が、そうしてタイカに助けられているのだから。




 雨は昼になっても止むことがなかった。


「やはりダクシヤ様は本物だったんだねえ」


 上機嫌に話しかけてくる家主である。年配のふくよかな女性で昨年、病で夫を亡くしたそうだ。

 病没とはいえ夫は高齢だったらしい。財産もかなり残してくれていたそうで、余り悲壮感はない。


「これで楽になるってもんだよ」

「ダクシヤという御方は、井戸も掘られたそうですが」

「あれも有難いお恵みだけど、やはり井戸ひとつで畑全部に水は撒けないからねえ」


 家主から、タイカが何か受け取る。平たく焼いた麦の餅だった。


「ありがとうございます」

「遠慮せずお食べ」


 親しげな雰囲気だ。昨日は随分と距離のある態度だったのに。タイカの髪や瞳を気味悪げに見ていた記憶がある。


「朝、腰を痛そうにしていたので薬を渡したんだよ」


 あとは温めた布を患部に当て、つぼを押したり按摩をしたりと、幾つかの治癒術を施したらしい。

 元々雰囲気は穏やかだし、顔立ちも整っている。警戒心を解くのに時間は掛からなかったろう。

 シュトは少し機嫌が悪くなった。

 何故かは分からない。


「しかし、これでは外出もままならないですね」


 雨はだんだん強くなってるようだった。


「結構なことさ。乾いていた畑がたんと水を飲んでくれる」

「井戸だけですと、水は行き渡らないですしね」

「あの井戸のおかげで川までの水汲みが少なくなって大分楽になったけどねえ。いや勿論、十分に感謝はしとるさ」


 そういえば、この村に来る途中で川を見かけた。水源はそれなりに近くにあるけど、やはり水汲みは手間なのだろう。

 かといって、川に近すぎると氾濫が起きた時に甚大な被害を受けてしまう。

 

 シュトは以前訪れた、川近くの村を思い出した。

 あの村でも、川が増水した時に大変な苦労があった。


 胸のうちの不安を、首を振って払った。

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