第二章 - 説く男 -

 ヤムトの様子がおかしい。


 そんな風にシュトは感じた。

 村で出会った知己らしい男との会話中、ヤムトの声の調子が少し下がったのだ。

 ここしばらく一緒に旅していたので分かってきた。意外にこの中年男が、自分の気持ちを隠せないことを。

 だから良い人とは思えないが。


「どうしたのですか」


 タイカも気付いたのだろう。会話が終わり男と別れた後、ヤムトに尋ねた。


「ええ、まあ」


 ヤムトも曖昧に返事する。ちらりとシュトを見たのは、何か気を使ったのだろうか。

 構わず、タイカがヤムトを見つめる。

 しばらく黙っていたヤムトだったが、溜息をつきつつ口を開いた。


「現れたそうですぜ」

 《はふり》が、とヤムトが根負けしたように言った。




 《はふり》


 精霊の伴侶に選ばれた者である。

 シュトもまた《はふり》である。腰の油燈ランタンの中には、番いである火の精霊が潜んでいる。

 この村に現れたのは、土地の精霊の《はふり》だそうだ。

 村にとっては吉報だろう。

 土地の精霊は《はふり》を通じて農作物に豊穣をもたらしてくれる。

 暖めるばかりではなく人を傷つける力も持つ火の精霊や、傷つけるような力ばかりの氷の精霊より、よほど好かれる存在だろう。


「何でも、村の中心で説法をするらしいですぜ。さっきの奴もこれから聞きに行くそうで」

「説法って」

「物事の理屈を説いて聞かせること、で合ってやすかね」


 シュトは聞き返してしまったが、意味が知りたい訳ではなかった。察したタイカが苦笑している。

 《はふり》は別に人格者だから成る訳ではない。

 精霊の好みで決まる。愛されているかどうかで決まるのだ。

 徳が必要というならば、己など《はふり》に選ばれないとシュト自身が思っている。

 ただ選ばれた、愛された《はふり》がたまたま人格者で、人々の指導者だったということはあり得るだろう。


「まあ、折角なので私たちも行ってみましょうか」


 気楽な調子でタイカが言った。

 シュトは、ヤムトと顔を見合わせる。何となく乗り気はしない。

 ヤムトも同じ気分の様だったが、こうなったら同行せざる得ないだろう。

 早速と歩き出すタイカに、シュトとヤムト、それにヤムトの曳く毛長駝鳥が付いていった。




「精霊様は住まいたる社をご所望だ。ついては寄進を求めたい」


 この男は偽物ではないか、とシュトはいきなり疑った。

 説法の途中から聞き始めたので経緯は分からないが、まともに聞けた最初の言葉がこれであった。

 精霊が社を望むなんて。

 いくら特定の場所に根付いた土地の精霊とて、精霊が社などに執着するなんて考えられない。


「精霊様が寄進を求めるなんて聞いたことがない」


 やや年嵩の村人から声が上がる。その通りだ。シュトは頷いた。


「だけど、この御方は井戸を掘りあててくれたじゃないか」


 同じ位の年代の女性が反論した。

 何でも《はふり》を名乗るこの男は、ある日ふらりと村に訪れると、ここに水が湧き出ると宣言し、井戸を掘り始めたそうだ。

 最初は疑い軒下も貸さずに様子を見ていた村人たちだったが、男は井戸を掘り当てた。しかも無償で村に渡すと申し出たことで、村の一員として迎え入れたのだ。

 ちょっとした美談だったが、まだ続きがあった。土地の精霊の声を聞いて井戸を見つけたと男が言い出したのだ。

 そこで村人たちの意見が割れたらしい。


 男を《はふり》と信じる衆と、疑う衆だ。


 この集会は、男を《はふり》と信じる衆が開いたようで、そこに男を疑う者たちが乗り込んできた、ということらしい。

 両者は別々の集団になっているらしく、先ほどヤムトが話していた村人は信じる方の衆に混じっていた。

 男の髪を見る。黄色だった。瞳の色は良く分からないが、薄いようには見える。

 しかし、その髪色もタイカの斑色の黄色い部分よりも鈍い色味で、シュトには薄汚れてさえ見えた。


「なら宣言しよう」


 男は言った。ダクシヤ様、と叫ぶ村人が居る。男の名前だろう。


「この後、数日以内に雨が降る。ここしばらく続いた日照りはこれで止むだろう」


 歓声と罵声が上がる。

 罵声の方は、少し勢いがない。

 何かに憑かれたように天を仰ぐダクシヤに、神聖な、あるいは不気味なものを感じたからかもしれない。もしかして真実かも、という疑念が生じたのかもしれない。

 シュトがタイカを見る。タイカも天を見上げていた。しかしそれは何かを仰ぐような、瞑想めいた目ではない。風か雲かを観察しているのだろうか。淡々とした様子で空を見ていた。




 その日、シュトたちはヤムトの知り合いの家に宿泊した。


 森で採れた薬草が宿泊代となった。

 タイカの容姿を見れば気味悪いと思う者もいよう。実際、家主には距離を置かれた。それでも部屋を確保できたのだ。ヤムトは悪くは思われていないようだ。

 タイカが《物語り》であることを説明すればもっと交渉は容易だったかもしれないが、騒ぎの渦中で注目は集めたくはない。


 タイカはそう話し、ヤムトも賛成した。


 大人たちの会話を横で聞きつつ、タイカもヤムトも意外と常識的なのだな、などとシュトは考えてしまった。

 だが考えてみれば、タイカは争いごとに自ら首を突っ込むようなことはしていない。ヤムトとて出会いこそ最悪だったが、共に旅をしてからは少なくても見える範囲では悪さなどしていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る