終章 - その半生 -

 手前が話した村の祭の話。そのあとタイカさんが付け加えた話の中で消えた子供、あれは手前なんです。

 あの村の話は真実です。

 手前が小さい頃、ついた嘘で、やらかした悪戯です。

 だけど、消えたのはご先祖様の霊に攫われたからじゃございやせん。

 悪戯が、近所の大人にばれてしまったんです。

 あんな悪戯、もはや悪戯と言えない村を巻き込んだ大騒ぎの元凶が手前だと知られたら、私刑にされかねやせん。

 近所の野郎も、そう思ったのでしょう。

 それを知って、手前の親を脅しにかかったのですよ。

 ばらされたくなければ、というやつです。

 お嬢さんのいる手前、詳しくは話さない方が良さそうですが、その野郎は手前の母親を好いていたようで。

 横恋慕ってやつです。

 野郎が望んだのは何と。


 あ、そこの話はいいですか、分りやした。


 ともあれ、手前の親父ですが、これが気の荒い男でしてね。

 野郎も馬鹿な真似をしたものです。そんな気の荒い男に、そんな提案をしたものですから、刃傷沙汰の大喧嘩になりまして。親父が野郎を刺しちまった。

 おまけに刺された野郎が火鍋に倒れこんで、家が火事になっちまったんです。

 こうして手前の両親は火事で亡くなり、手前は村から逃げ出しやした。

 考えてみれば、これで手前の悪戯を知る人間はいなくなったのですから、村を出る必要はなかったんですが、当時は手前のせいで親が死んじまったと、これこそご先祖様の祟りだと恐ろしくなったんでしょうなあ。

 ですがねえ。何とか森を抜けて、見知らぬ村で小作人として拾ってもらうまでにすっかりそんな気は失せちまいました。

 森の獣の恐ろしさやら、ひもじさやら、こんな目に合うのは霊のせいじゃねえかと、恨みつらみしか残りやせんでしたよ。

 そんな訳で、真面目に小作人として何年か過ごしていたんですが、そこでまた悪い虫が出てしまいやした。


 祠ですよ、祠。


 村で祀られていた祠に、綺麗な飾りが収められておりやしてね。これを売れば当面の生活には困らなさそうな、それは高そうな飾りでやして。

 盗んじゃいやせんよ。それよりも腹が立ちやした。手前は毎日汗水垂らして働いているのに、その祠の何かさんは、綺麗に飾られてすましてやがる。

 それで思わず飾りを握っちまったんです。強く握っちまった。

 それで飾りが壊れちまった。綺麗に真っ二つです。

 おまけに、それを見られていた。

 村で袋叩きですよ。恩知らずって言われて、村を放り出されやした。

 こりゃもう駄目だろうと覚悟しやしたがね。

 捨てる霊あれば、拾う人ありってね。

 手前を助けてくれた御方がおりまして。

 流れの商人でした。北と南を行ったり来たり。北で仕入れた細工物やら珍しい香辛料やらを南で売りさばき、また南の産物を北へ運ぶ。

 手前はその御方の弟子になりやした。

 それからは真っ当に生きて来やした。本当ですよ。ひと所に留まっていなきゃ、霊なんぞの世話にならない、関わらない。地縁と無縁に生きてさえいれば、そりゃあ無害なんですよ、手前は。

 御師匠様が逝っちまってからは、手前が商売を引き継ぎました。そこの相棒、毛長駝鳥の奴は師匠の毛長駝鳥の子なんですよ。二代目同士、仲良くやっておりやす。




 だから。

 タイカとシュトがただの旅人、ただの《物語り》であればヤムトも手を出したりしなかった。

 精霊にまつわる者。《はふり》だったからこそ、つい反骨心が出てしまった。

 眠っていた邪心が出てしまったのだと、ヤムトは弁明した。




 この男は駄目だ。


 シュトの中で、ヤムトの扱いは決まった。

 腕に巻かれた火勢が強くなる。シュトの考えに感応したのだろう。

 そんなシュトを、タイカがそっと手で制する。


「北に南にと旅してきたと言いましたね。なら北の地勢には詳しいですか」


 ヤムトが顔を上げる。


「へい。勿論でさあ。相棒と各地を巡っておりやす。手前とこいつが通れる道も頭に叩き込んでおりやすよ。何なら地図でも書き出して」

「案内してください」


 へっ、とヤムトが声を上げる。調子良く喋っていたところを遮られ、予想外の言葉を差し込まれた。予想外すぎて、次の言葉が浮かばない。そんな顔だった。


「私たちはしばらく北の方を巡ります。その間、道案内をお願いしたい」

「地図では」

「何年もはかかりませんよ。私たちが大丈夫だと思ったら、もう結構です。そしたら南への行商を再開すればいい」


 有無を云わせない、というのはこういう表現かとシュトは思った。

 ヤムトは何か言いかけた。が、タイカとしばし目を合わせた後、うなだれた。


「わかりやした」


 ヤムトは枯れた声で、つぶやいた。




「本当に、本当に一緒に行くの?」


 翌朝。シュトはタイカに尋ねた。

 少し離れた場所で、ヤムトは毛長駝鳥に荷物を載せていた。

 小声で話しているので、ヤムトには聞こえないはずだ。だが、会話が気になるのかちらちらとこちらを見ていた。

 そうだよ、とタイカは気軽に答えた。


「あんな酷いことばかりしてきた人を」

「おや。君は『あんな酷いこと』をした人の言葉を信じるのかい?」


 シュトはえ、と言葉に詰まった。


「あの話、全てではないかもしれないけど、多分嘘だろう」

「どうしてそう思うの」

「自分のせいで家族が死んだなんて話、そうそう口に出来るものではないよ。それを得々と語るなんて、何か別に隠したいことがあるんじゃないかな」

「なら、もっと酷いことをしたというの」


 家族を死に追いやった。そんな嘘で覆い隠さないといけないような、もっと酷いことを。


「さて、どうだろう。酷いことではなくても、話したくないこともあるだろうさ」


 ともかく、とタイカが言う。


「荷物の中に厚着も多い。北からやって来たのは確かだろうし、北の方に詳しいのは本当だろう」


 シュトは肩を落とした。こうなるともうタイカは意志を変える気はないだろう。意外に頑固なのだ。

 シュトの横を通り過ぎ、タイカはヤムトの方へと向かった。

 昨晩のことなどなかったかのように気軽に話しかける。

 最初はびくついていたヤムトだが、話しているうちに表情が緩んできた。


「では、まずは近くまでご案内しやす」


 ヤムトもヤムトで相当に神経が図太いようで、どうやら覚悟を決めたようだ。

 旅の仲間、というのはまだまだ信頼出来ないけど、新たな同行者、ひとりと一頭が加わったようだ。

 そういえば、とシュトは思いついた疑問を口にした。


「その毛長駝鳥、名前は何ていうの」

「薄墨姫といいやすよ、お嬢」


 その毛長駝鳥、牝だったのか。

 薄墨姫はヤムトに顔を摺り寄せる。薄墨姫の顔を撫でるヤムトの表情が意外に優しい。

 悪い人、というばかりではないのかもしれない。

 タイカほどではないにしても、ヤムトも謎が多い。

 人というのは分かりにくいね、とシュトは腰の油燈ランタンに潜む精霊に語りかけた。




── 第八話 了 ──

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