第三章 - こわい話 -

 ある村の出来事でした。

 その村では昔から祖先の霊をまつり、年に一度、霊が戻ってくるお祭りがありました。

 その年も、村では祭りの準備で賑わいを見せていました。

 先祖の霊を迎え入れる為、墓地から村の中心である広場に向けて、篝火を並べます。

 墓地に篝火の台を準備しに行った村人のひとりが、転がるように逃げて来ました。

 そして言いました。ご先祖様の声が聞こえたと。

 何を言ったか分からないけど、唸るような声で怒っているようだったと。

 村は騒然となりました。

 先祖が戻ってくる時期なのです。声が聞こえてくることもあるでしょう。

 だけど、何故怒っているのか。

 それが分からず、村人たちは混乱しました。

 村の古老たちは言い伝えを漁ります。しかしそれらしき記録は見つかりません。

 村人たちも祭りの準備どころではありません。

 しかし、祭りをしないとなれば、それはそれでご先祖様が怒るかもしれません。

 霊ではなく、霊の怒りを招くことになってしまいます。

 村長などは、怯えるあまり布団をかぶって家から出られなくなってしまう始末。

 そんな様子に、村の子供たちも驚きます。

 せっかく祭を楽しみにしていたのに、台無しです。

 何とか祭が開けないかと、大人たちに申し出ます。

 自分たちがご先祖様に機嫌を直してくださいとお願いしてみる、と。

 大人たちは驚き、そんな危ない真似はさせられないと叱ります。

 しかし子供たちも頑として譲りません。

 とうとう大人たちが折れ、子供たちは手を繋いでご先祖様の眠る墓地へと向かいました。

 子供たちが歌を歌います。ご先祖様を讃える歌です。

 歌声は墓地に響き渡りました。

 するとどうでしょう。ご先祖様の怒りの声はどんどん小さくなっていくではありませんか。

 大人たちは大喜び。

 子供たちも鼻高々です。

 安心した皆は祭の準備を再開し、祭を開くことが出来ました。

 しかしここでひとつ疑問が残ります。

 どうして最初に、ご先祖様はお怒りの声を上げたのでしょうか。

 いやそもそも、あの声はご先祖様の怒りの声だったのでしょうか。

 それは実は。




「子供だったんですよね」


 突然の声に、シュトはびくりとして声の方に向き直った。

 タイカだった。


「きっかけは子供の悪戯、肝試しだった。霊を偽って声を掛けた。それを大人が本気にした」

「知っとったのですかい」


 ヤムトが肩を落とす。

 これでは話損だ、とつぶやく。いっそ清々しいほどの現金さだ。


「その話の続きをご存じですか」


 ヤムトが顔を上げる。シュトもタイカの顔を見つめなおした。

 嫌な予感がする。


「霊たちの声の全てが、子供たちのそれではなかった」


 タイカの淡々とした声が、洞窟内に響く。

 シュトの背筋が冷えた。


「そして騒動の後、子供たちのうち、独りが居なくなっていた。最初に悪戯を提案した子で」

「やめて」


 シュトが声を上げた。その大きさに、ヤムトが怯んだように腰を浮かす。

 いや、声の大きさではなく、火が突然大きくなったからだろう。

 焚火の中の精霊が、シュトの感情に同調したようだった。


「といったように、霊を軽視するような真似は避けるべきでしょうね。悪戯であれ、話であれ」

「勘弁つかあさいよ」


 ヤムトがすっかり縮こまっていた。演技なのか本気なのか分からないが、厚顔な態度が改まった様子を見て、シュトは気持ちを静めることが出来た。

 悪かったね、とタイカが謝ってくる。

 シュトは首を振った。二人の時にはこんな話はしない。

 ヤムトを窘めようとしたらシュトの反応が激しくて、タイカ自身も驚いたことだろう。


「さて、もう休みましょうか。火の番は交代で良いですか?」


 タイカの提案にシュトも、ヤムトも頷いた。

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