第八話 つくり話

第一章 - 商人 -

 雨は好きではない。


 洞窟の外で降る雨、その雨音を聞きながらシュトは焚火に枝を追加した。

 雨が降る前に乾いた枝を回収出来てよかった。

 対面に座るタイカを見る。

 まだ雲が出ていないうちから、雨を予測して枯れ枝を集め始めたタイカは不思議なひとだ。

 不思議だし、凄いとも思う。だけど天を仰ぎ「どう思う?」とシュトに雲の動きや風の湿り具合を尋ね、散々に頭を悩ませ自分なりの考えを伝えてやっと、答えを教えてくれる。少し回りくどいのではないか。

 シュトの考えが間違っていても的外れでも、考えることが良いとばかりにタイカは嬉しそうなので不満も言いづらい。


「いやあ、慧眼ですわな」


 軽薄な調子の、低い男の声。シュトは顔をしかめた。

 タイカの隣に座る男。タイカほどではないが、背は高い。

 白髪が多い、濃い灰色の髪。細い目。髪と同じ灰色の瞳。肌も青白かった。


「手前も旅の歴が長いつもりでやしたが、今回の雨は分からんかった」


 そう言いつつ、男は草をひと房掲げる。

 その草を、男の傍らにいた毛長駝鳥が食む。長い二本脚に卵型の胴体。灰褐色の長い羽根が暖かそうだ。細長い首の先の頭には、ひと際大きな羽根がなびいていた。

 森の悪路、というか道なき場所でも踏み越えていけそうな力強さがある。

 毛長駝鳥の後ろには大きな荷物が積み重なっていた。毛長駝鳥と男が運んできた商品だ。金具や工芸品などが多い。

 男は商人だった。そう自称していた。


 名を、ヤムトと言う。


 森の中。休めそうな洞窟を見つけ野営の準備をしていた時、雨の中からヤムトと毛長駝鳥が現れた。

 そして先客であるシュトたちに、一緒に雨宿りさせて欲しいと頼んできたのだ。

 タイカは快く了承した。

 シュトは胡散臭さを感じたものの反対する理由も見つからない。

 そうして今、三人と一頭が洞窟内で火を囲んでいた。

 シュトが火を見つめる。

 伴侶たる火の精霊は油燈ランタンを抜け出して焚火の中にいる。湿気の多い雨の日だが、広い場所に出られて機嫌が良さそうに感じた。シュトも嬉しくなる。

 それに仕切り戸もない焚火なら、ヤムトが何か仕出かそうとしても精霊が即座に対処してくれるだろう。


「それにしても《物語り》の方とは初めて会いやした。商売になるんですかい?」

「《物語り》は金銭を交換する生業ではないですからね」


 ヤムトの感想に、タイカが応じる。

 なるほど、商人ならば商売、売上が最大の価値になるだろうが《物語り》に同じ基準を当てはめないで欲しい。

 様々な村や場所で人々の役に立ち感謝されるタイカの姿を見てきたシュトとしては、見下されているような気分がして少し腹が立った。


「それに、金銭がなくても森の中であれば知識を使って自給も出来ますから」

「ほうほう、それは興味深い」


 身を乗り出してくる。自分の利益になりそうな話だからか。

 火で髪でも焼いてやろうか。そんな好戦的な気分になる。


「《物語り》の知識や知恵は、別の知識と交換が条件になりますよ」

「それは難しい。手前は分かりやすい商品しか持ち合わせがございやせん」


 タイカが平然としているので、怒りにくい。


「お嬢ちゃんは、どうも機嫌が斜めのようで」


 シュトの頑なな様子を見てか、ヤムトがおどけて見せる。指摘の通りだが、答えるのも業腹なので黙っている。

 シュト、とタイカの窘める声が聞こえるが、無視して火を見つめた。


「まあまあ。これで機嫌が直るか分かりやせんが、手前がひとつ、旅の中で仕入れた小噺を披露しやしょう。お代は聞いた上で頂戴をば」

「なるほど。それも知識のひとつです。面白い話なら、私も森の知識をお話ししましょうか」


 タイカが乗って来た。

 仕方ない。シュトは座り直し、聞く姿勢があるということを見せた。

 だが、向くのはタイカの方である。ヤムトは見ない。


 これはある村の古老から聞いた言い伝えなのですが、とヤムトが語り始めた。

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