終章 - そのひとの想いはどこにある -

 タイカが口を閉じた。

 シュトも、何も言えなかった。

 ただ何かが部屋の隅にうずくまり、身悶えしている。その気配だけが感じられた。


「彼を、弔おう」


 タイカが、腰から短剣を引き抜いた。

 格子扉の鍵代わりをしていた縄に刃を当てる。

 一閃。元々、解れかけていた縄が羽毛のように四散し、地面に落ちる。

 タイカは牢屋に身を屈めて入ると、外套を脱ぎ、丁寧にその骨を拾い上げる。

 シュトも手伝おうと動きかけるが、強い視線を感じ固まってしまった。


 部屋の隅から感じる。何か。シュトたちを導いたそれ。姿は見えないのに、肌をひりつかせるような視線だけは感じた。


 拒絶。


 屍となったその男に触れるなと、視線が語っているようだった。

 シュトが動けずにいる間に、タイカは骨を集め終わったらしい。


「どうしたんだい?」


 タイカの疑問の言葉と同時に、視線が逸れた。シュトの身体の力が抜け、ふらつく。

 その腕を、タイカが掴んだ。

 

「大丈夫かい?」


 タイカはその身に寄せてシュトを支える。

 平気と、そう言いかけるが背後の視線を再び感じ、タイカの服の端を握ってしまう。

 タイカの手が、シュトの背中を撫でた。

 顔は見えないが、きっと優しい表情を浮かべているのだろう。

 シュトを安心させようとして。

 そう思うと、安心感と同時に何故か少し悔しくなった。




 ふたりは、そのまま外へ出た。


 東の空が少し明るい。

 タイカは、持ち出した骨を墓地に埋葬した。

 墓地の片隅に倒れていた、墓碑銘のない墓石を引きずってくると、骨を埋めた場所に建てる。

 石を削るような道具もないので、無銘の墓となってしまった。


 最後に、シュトとタイカは並んで墓の前に膝をつき、黙祷した。

 精霊を知らないこの村では、何に祈れば良いのだろう。


「ただ彼の、安らかな眠りを祈ろう」


 タイカがシュトの心中を察してか小さくつぶやき、そのまま沈黙する。

 シュトはタイカの言葉に従った。


 墓を作る作業の間、常に視線は感じていた。

 だが最初の攻撃的な雰囲気は徐々になくなり、祈りを捧げているときに感じた視線は穏やかなものだった。


 気配は、いつの間にか墓に寄り添うような位置に感じるようになっていた。

 墓石の周りに草花が生え始めている。

 やはりそうなのだろうと、シュトは思った。


「彼女が、君に謝りたいそうだ。伴侶たる彼を閉じ込め、傷つけようとした人たちと同じように見てしまったことを」


 土地に豊穣をもたらす奇跡。逆に嘆けば地は痩せるだろう。

 つまり、タイカが泣き女と形容したあの存在。彼女はこの地の精霊だったのだ。

 本来祝福であるはずの土地の精霊の加護が、知らぬが故に呪いと扱われ、事実村にはそのように作用した。そして村は廃れた。


 シュトは自らを省みる。

 《はふり》となったことで攫われた。タイカに救われなければ、森の中で殺されていただろう。


はふり》は呪いともなり得る。

 自分もそんな存在なのだ。


 だが異常といえば、タイカはどうなのだろう。

 火の《はふり》であるシュトさえ、土地の精霊には悪しき人として敵意を向けられた。

 危険になれば、伴侶たる火の精霊が守ってくれたろうが、それでも恐ろしかった。


 だがタイカには。

 土地の精霊は、敵意を向ける様子はなかった。

 直接、骨に触れ集めていた時でさえもだ。


 タイカは何者だろうか。


 もう何度目になるか分からない疑問を感じる。

 タイカを見る。


 穏やかな横顔だ。

 そしてタイカと過ごしてきた日々を思い出す。


 森の中で獣から守ってくれたこともある。

 文字や算術、森の中を渡る知識を教えてくれた。

 物語を聞かせ、世界を教えてくれた。


 倒れそうになったシュトを、支えてくれた。


 ふと思う。

 タイカが何者か。それ以上に。

 何故自分を助けてくれるのだろう。

 自分は火の《はふり》で、火の力を扱える。

 だが、その力をタイカに求められたことなどほとんどない。せいぜい、焚火の火種を頼まれる程度だ。獣に襲われた時でさえもタイカは自ら剣を振るい、その身を以って庇ってくれた。


「さて、いこうか」


 タイカが立ち上がり、シュトに手を差し伸べる。

 今は聞けない。何故か、そう思ってしまった。


 いつか尋ねることが出来る日が来るだろうか。


 シュトは頷き、その手を握った。




── 第六話 了 ──

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