第七話 水の精霊

第一章 - 旧友 -

 その村は、大きな池の横にあった。


 川があり池があり、その先に村がある。

 池と川の間には土手があったが、その土手が二か所凹んでいる。

 凹みの部分が川と池を繋ぐ水路のようになっているが、水底は浅い。足首程度まで濡れてもよいのなら、歩いてでも渡れそうだった。


「遊水池だよ」


 タイカが説明してくれた。

 池と村の間、池の外周を囲む堤の上を、シュトとタイカは歩いていた。


「川の水が増えた時、村まで流れ込まないようここに水を流す。この水は畑にも使われているんだ」


 タイカが指差す。池から村に向かって、堤に溝が走り細い水路が延びている。畑の穂の中に隠れていて見えないが、穂と穂の間にある隙間からすると、かなり奥の方まで続いていそうだった。


「楽しそうだね」

「そうかな。久しぶりに友人に会えるからかな」


 村と、この池が見えてから、タイカの表情が緩んでいるような気がしていた。試みに尋ねてみたら、意外な言葉が帰って来た。

 友人。タイカから初めて聞いた言葉だった。


「失礼な。私だって友人くらいいるよ」

「そうじゃなくて」


 タイカは、あまり人と深く関わらないようにしていると、シュトは感じていた。

 旅人だから。森の中で獣に襲われたり、盗人に殺されたりするかもしれない。そんなタイカを、友人になってしまったら心配させることになるから。


 と、いう訳ではない気はする。


 まず、タイカが殺される姿が想像出来ない。シュトにとって、タイカは人というより傍らに居てくれる火の精霊に近しい存在だった。


「彼はこの村の村長で、この池を作った人だ」

「池を」


 シュトは驚いた。池を見る。ぐるりと堤を一周するだけでも、数刻はかかりそうな大きさだ。こんな大きな池を、人の手で作れるのか。


「何年もかけてね。私が参加したのは途中の僅かな期間だった。土の中で大きく根を伸ばし、堤を固めてくれる植物を紹介したりね」


 楽し気に語る。元々機嫌が悪くなる、少なくてもそう見えることがほとんどないタイカだが、こんな嬉しそうな顔は初めて見るかもしれない。

 ふと、タイカの肩越しに、建物が目に入る。

 池を挟んだ向こう岸にあり、青く塗られた柱が特徴的な建物だった。

 壁はない。奥に何か像のようなものがあるが、流石に遠くて見えない。


「あれはなに?」


 タイカも振り返る。


「前はなかった建物だね。社か何かのようだけど、青い社は見たことがない」


 タイカの記憶にもないようだ。

 それも聞いてみようか、とタイカがつぶやく。


「さて、会いに行こう。元気にしていると良いけど」

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