第五章 - 糾弾 -

「お主らの。いや違う。そこな子のせいではないのか」


 翌日、別の水路が崩れた。被害は大きくなかったが、村人たちも騒然とした。

 対策を話し合う為、主だった村人たちが村長であるレイシの家に集まった。

 その席でのライレンの発言であった。


「その赤い髪」


 ライレンがシュトを指差す。


「赤い瞳。火と水は元来対立するもの。それが水の精霊様の機嫌を損ね、村への加護も損ねたに違いない」

「水の精霊様は、そんなに狭量なのですか」

「なんだと」


 指摘したタイカを、ライレンが睨みつける。昨日、談笑していたふたりからは考えられない有様だった。


「父さん。やめてください」


 レイシがふたりの間に割って入る。


「タイカさんもそのような、精霊様の器量を試すような言い用はやめて欲しい」

「申し訳ありません」


 タイカがレイシに謝る。


「ですが、連れの名誉に関わります。私たちが気に入らないなら、出て行きましょう」

「おう、そうせい」


 タイカの宣言を、ライレンが煽る。

 父さん、とレイシが再度叱責するが、ライレンは無視して他の村人たちへ呼びかけた。


「家畜の中から供物を用意しようぞ。精霊様に捧げねば。兄の霊に、精霊様へ取りなしてくれるよう祈ろう」


 家畜だって、と村人のひとりが呟く。顔を見合わせている。

 多少豊かになったとはいえ、家畜は貴重な財産だ。そうそう差し出せるものではない。


「皆、落ち着いてくれ。捧げ物については、まだいい。それよりも水路の見回りを増やそう。順番を決めていこう」


 レイシの呼びかけに、ほっとした空気が流れる。

 どうやらライレンほど熱心には、村人たちは水の精霊を崇めてはいないようだ。

 シュトも胸を撫で下ろした。皆がライレンのように厚い信仰心の持ち主であったなら、供物としてシュトを差し出そうなどと言い出しかねなかったろう。

 自分たちの財産より他人の、余所者の命。

 南方諸王国では当たり前のように見た光景だった。

 気づけば、タイカがシュトのすぐ前に立っていた。寄り添うように、村人たちとシュトの間に立っていてくれていた。


「タイカさん、今すぐ出ていくなんて言わないでくださいね」


 レイシが念を押してくる。タイカがシュトをちらりと見る。

 シュトが頷き、タイカも承知した。




 夜。レイシは目を覚ました。


 外から音が聞こえた気がして、木戸を開ける。

 風の音だった。空を見上げる。雲の流れが早い。

 不意に雲が途切れる。月明りの下、ふたつの人影が見えた。

 タイカとシュトだった。

 夜目は利く方だ。亡き先代村長である伯父にも感心されたものだ。

 後を追った。そのまま行かせても良いのでないか、とも思ったが、何故かこのまま見過ごしたら後悔する、という思いの方が強かった。


「待ってくれ」


 遊水池の堤に上る坂の途中で、ふたりに追いついた。

 旅装姿だった。村を出るつもりだったのか。


「こんな形で、出ていかなくても」

「私たちが居ても、皆さんに迷惑でしょうから」


 息を切らせつつも訴えるレイシに、タイカが答える。


「父のことは、謝る。あの人には、社しか縋れるものがないんだ」


 タイカがレイシを見つめる。話したくはないが、言わざるえない。言わなくては、タイカは納得しないだろう。

 そして黙ってこの村を出るだろう。

 伯父が恩人と呼んでいたひとに、そんな扱いはしたくない。


「伯父は偉大な人だったよ。そして自由な人だった。皆に好かれていた」


 そんな伯父に対し、父は常に影の人だった。

 父が伯父を嫌っていたということはない。仲は良かった。伯父の補佐役であることに父は満足していた。

 だからこそ、伯父の死を受け入れられなかった。

 伯父が亡くなった後、伯父の霊は水の精霊と共にあると主張し社を建てたのは父だった。

 瑞兆らしきものを見つけては加護の賜物と訴え、村人の中にも信じる者が出来てきた。

 伯父が作ったものは完璧で、だから水路が崩れるようなことはない。

 もしそれがあるのなら。


「別の力が働いたから、となるのですか」


 タイカが呟いた。レイシが頷いた。ライレンの、父の恥を晒すような真似は心苦しかったが、それでもこのままタイカたちが去ってしまうよりはましだった。


「父には私から話す。だから出ていくのは待ってください。貴方たちにこんな嫌な思いをさせたまま去らせたのでは、それこそ先代の、伯父の霊も浮かばれない」


 タイカが押し黙る。シュトがタイカを見上げていた。夜の闇で、どんな表情をしているか見えない。


「少し、歩きましょうか」


 タイカがレイシを誘った。

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