第三章 - 水霊の社 -
翌日の朝。
シュトとタイカ、そしてライレンは池を囲む堤の上を歩いていた。
道の先には、青い柱の建物が見える。
水の精霊の社だ。
青い、といっても藍色のような濃い青ではなく空色に近い。白木に染料を薄く塗った結果なのかもしれないが、すっきりとした雰囲気があり、シュトには好感が持てた。
だが、ライレンは違うらしい。
「毎年少しずつ、染料を塗り重ねて深い色合いを出したい」と声高に主張する。
水の精霊は本当にそんなことを望んでいるのか、シュトは疑問だった。
建物の前で立ち止まる。
四方の柱の上に大きな屋根。壁はなく、中央にはふたつの像が祀られていた。
女性らしき像と、壮年の男性らしき像。
らしき、と思ったのは、粗削りで顔が判別できず体つきから判断したからだ。
自分が削った、とライレンは胸を張った。
像を眺めていると、村人が拝みに来た。ライレンが嬉々として紹介し、村人に水の精霊の逸話を話すよう求めた。
二十代半ばに見えるその女性は、精霊の像に拝みに来て数か月後に子宝を授かったと言う。
ライレンは大袈裟に頷いていたが、シュトはそれよりも川の方を見つめるタイカが気になった。
シュトの視線に気づいたのか、タイカが振り返る。
目が合う。何か気になることでもあるのかと問いかけようとしたが、タイカがそっと抑えるような仕草をする。
隣でライレンが話しているからだろう。
社を清掃するというライレンを残し、ふたりは村へ戻った。
タイカは畑に居る村人たちと話している。何人かの、年配の村人たちとは旧知の仲のようだ。
先代の村長の思い出話をしている。
変わり者だが、村のことを誰よりも考えてくれていた。
若い時分には村を出て旅して回り、村に新しい作物や農法を持ち帰ってくれた。
先々代の村長である父親とは喧嘩ばかりしていた。それでも最後には村長を継いで水害の多かったこの土地の為、皆を率いて遊水池を作って豊かにしてくれた。
村の為に家族も作らず働いてくれた。
いや実は、水の精霊様と叶わぬ恋に落ち、だから生涯結婚もせず水と関わり続けたのだ。
最後の方は怪しげになってきたが、ともかくそんな話が聞こえてきた。
結局、シュトは社で見たタイカの仕草について、訊けぬままレイシたちの家まで辿り着いてしまった。
だが、ここで疑問は解消出来た。
「以前に比べ、この時期にしては水量が多いですね。水流も早かった。この村に来る途中、雨も多かったですが堤の手入れは済んでいますか。土を盛るなら、私もお手伝いしますよ」
タイカはレイシに告げた。
なるほど、川の水量を見ていたのか。
村長がひるんだような顔をした。
「いや、大丈夫です。もっと雨の多い年もありましたけど、堤が崩れたりしたことはない」
「水は土をえぐります。よほど厚く作らなければ、定期的に整備しないと灌漑用に通した水路が崩れかねない」
「父は水の精霊様のご加護があるから大丈夫だと」
タイカが眉をひそめた。タイカにしては珍しい表情だった。
「気付いてはいたのですね」
「見回りはしています。何かあったら分かりますから」
「ですが」
「それよりも、それよりも旅の話を聞かせてください。昔の伯父の話も聞きたい」
露骨に話題を変えようとしているが、タイカもそれ以上追及しなかった。
この村のことなのだ。過剰に干渉すべきではない。
普段のタイカなら、そもそも追及自体しないだろうに。
やはりこの村、というより先代の村長に思い入れがあるのだろうか。
シュトは不思議に思った。
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