第四章 - 追及 -

「何を言っている」


 ツイキが腰を落とした。


「言い逃れをして逃げようとしてるのか。あの娘、シュトだったか。置いて逃げるのか」

「逃げませんよ。理由がない」

「それで、俺を犯人扱いか。何を証拠に」

「柄」


 佩剣に手を伸ばそうとした、ツイカの手が止まる。


「その柄頭。丸まっていますが、よく出来た作りですよね。狼か犬の頭ですか」

「何が言いたい」

「主人のこめかみの凹みと同じ大きさだ」

「それがどうした」


 ツイカが、柄を握った。


「戻って、合わせてみましょうか。ふたつ、凹みの中に更に小さな、濃い痣がありました。柄頭の飾りの動物の、丁度耳の部分と一致するのではないですか」

「鍵はどうなんだ」


 ツイカが質問しつつ、左右に目配せした。


「打掛け鍵ですから。少し浮かしておいて、強く扉を閉めれば、鍵が落ちて閉まるでしょう」


 タイカが説明している間に、周囲の確認は出来た。人は居ない。ツイカが剣を抜いた。


「お前は、犯人だとばれて逃げようとした。それを俺が斬った」

「そういう筋書きですか」

「そうだ」


 タイカが、ツイキを抑える様に手を上げた。


「教えてください。どうしてご主人を、貴方の叔父を殺したのですか」


 ツイキがしばし押し黙る。話してどうなる、と思ったが。


「借金だ」


 気付けば口を開いていた。


「俺のじゃない。親父のだ。あいつ、急に言い出しやがった。金を返せと」


 止まらなかった。誰かに吐き出したかったのも知れない。


「返さないなら」


 なんでよりによってこの男に、言ってるんだ。


「お前らを殺せと。村を出たところで、荷物を奪ってこいと言われた。旅人だ。かさばる硬貨は持っていなくても、宝石やらは隠し持っているに違いないと」


 吐きそうな気分だったが、それでも続けた。


「情けなかった。あんな子供までいるのに。それで気付けば剣で殴り倒していた」


 激情にかられていても、斬るのはまずいと思った。

 だがそれでも、打ちどころが悪かった。


「正気に戻って確認した時には、もう息がなかったよ。鍵が内側から閉まっているようにすれば、打ちどころが悪くて死んだって判断するかもしれないと思ったんだが、今思えばそんな都合のいい話もないか。団長たちも馬鹿じゃないんだから」


 馬鹿は俺だな。ツイキが心の中でつぶやく。


「なるほど」

「落ち着いているな。丸腰なのに。それとも俺なんぞ無手で勝てるというのか」

「いえ。怖いですよ」

「いらつくな」


 そうだ。いらつく。何を言い訳じみたことをしゃべっているのだ。結局、ツイキはタイカを殺すことに代わりないのに。

 ツイキが不意に剣を抜き、横なぎに放つ。

 刃の範囲だった。タイカが避けようと後ろに下がるが、間に合わない。ツイキの刃の方が早い。

 タイカは鎧などつけてない。継ぎ接ぎの外套ごと切り裂ける。


 はずだった。


 踏み込んだツイキの右足が沈んだ。沼に足を突っ込んだかのように、足首まで土に埋まった。

 剣の軌跡が斜めに歪んだ。タイカの外套の裾を切り裂いたが、体までは届かない。

 だが、まだいける。タイカは一撃を避けたが、体勢は崩している。次こそ斬れる。

 左足を大きく前に出す。下がった剣をすくい上げるようにして斬ろうとして。

 背後で枝を踏む音がした。


 振り返る。


 少年と少女。シュトと、シュトの見張り役の自警団員だった。

 少年は目を見開いている。


「あんたがやったのか」


 タイカの方ではない。ツイキを見て、少年が言う。


「待て。違う」


 少年に手を伸ばすが、土の埋まった右足が動かない。

 少年は踵を返し、村へ駆けて行く。

 ツイキはうめき声を上げ、膝をついた。




 数刻前。

 タイカとツイキが宿から出ていく姿を、シュトは木戸の窓から眺めていた。


「私も外に出たい」


 振り返り、シュトは見張り役の少年にねだった。


「駄目に決まってるだろう」

「こんなところに居たら息がつまる」


 シュトが両手首を差し出す。


「なんだよ」

「縛っていいから」

「そんなこと出来るか」


 少年がうろたえた。相手は自分よりも小さな少女なのだ。髪や瞳の色が変わっているからといって縛り上げることなど出来ない。

 ましてやそれで外を出歩くなど、自分が酷い人間だと後ろ指を指されてしまう。


「じゃあこれ上げるから」


 懐から紙片を取り出す。開けると中に茶色い粉が入っていた。


「なんだよこれ」

「舐めてみて」


 シュト自身が指をつけ、指先に付いた粉を舐めてみる。

 少女自身が舐めているのだ。毒ではないだろう。恐る恐る少年も、少しばかり摘まんで舐めてみる。


「なんだこれ」


 舌がびっくりした。柔らかい、不思議な食感が口内に広がった。甘葛の煮汁に似ているが、それよりもずっと滑らかだった。


「蜂蜜を乾かして粉にしたもの、みたい」


 無意識に粉末に手が伸びるが、シュトが後ろに隠す。


「外に出してくれたら、残りもあげる」


 少年は戸惑った。先ほどの味は、生まれて初めての感覚だった。もう一度、味わいたい。

 改めてシュトを見る。小さな女の子だ。足だって自分の方が早いだろう。


「分かったよ。その代わり荷物は置いていけよ。あと走るのも禁止だ」


 シュトは無言で、頷いた。




 ふたりして、外に出た。


 これだけは、と言い張り持ち出した油燈ランタンがシュトの腰で揺れている。

 視界の端、見えるか見えないかの距離にタイカとツイキがいる。村人に話を聞いて回っているようだ。

 あちらへこちらへとふらふらしているように見えるが、シュトにはタイカがある場所を目指しているように見えた。

 何かあったらここで落ち合う、と決めた村外れだ。

「何かあるの?」と聞いたら、ここでは《物語り》や《はふり》があまり知られていない、権威も通じないからね、と返答された。

 権威という言葉は知らなかった。聞いたら、味方すれば自分たちに得があると分かっていること、ということらしい。

 敵に回すと恐ろしい、ということもだけど。そうもつぶやいていたが、ともかくタイカといると色んなものを知ることが出来る。


 ふと、気配がした。


 タイカからつかず離れずの距離に、何かがいる。

 緊張はしたが、警戒まではしない。

 タイカと旅している最中に、しばしば感じた気配だ。それらは、シュトたちを害することはなかった。

 その何かの動きが止まった。こちらを見ているように感じる。

 少しだけ、近づく。

 距離を取られる。

 シュトが足を止めると、それも止まる。

 ついてこいと言っているかのようだ。

 その先は、タイカたちが向かった村外れのようだった。

 シュリが頷き、歩き出す。


「おい、どこに行くんだ」


 シュトの肩を、少年がつかむ。

 もどかしい。

 シュトが少年の手を肩から剥がし、そのまま握り返す。

 突然、手を繋がれた少年が慌てる。


「な、なにを」

「こっち」


 シュトがそのまま歩き出す。たまたま通りかかった村人が、二人を見て含み笑いをする。

 村人の表情に気づいた少年が顔を赤くする。


「ちょっと、離せよ」


 構わず村外れまで向かい、そこでようやくシュトは手を離した。


「何なんだよ、まったく」


 少年は握られていた手を見た後、首を振った。どういう表情をしていいか分からない、と言った風である。


「静かにして」


 シュトに睨まれ、少年が身を縮める。

 周囲をうかがう。村の方から葉を踏む足音が聞こえてきた。

 タイカとツイカがやって来たのだ。

 少年を押しこみ、自身も木の影に隠れる。

 ふたりを見て、何か言おうとした少年の口を封じる。

 そして、ふたりの会話を聞いてしまった。




 ようやく、ツイキの足が土から抜けた。


「あいつが何を言おうが信じるはずがない」


 少年を追いかける。

 捕まえて、話をしなくては。少年が騒ぎ出す前に。

 だが、少年はすでに自警団の番所へと駆け込んでいた。

 ツイキが自白した、タイカを殺そうとしていた。そんな声が番所から聞こえてきた。

 番所に飛び込む。

 中に居た団長がツイキを見た。その視線が不審なものを見るそれに変わっている。


「俺ははめられたんだ」


 ツイキが叫んだ。走り続けた為に喉が渇き、かすれた声しか出ない。


「なんであの少女が、村外れにいる。示し合わせて、そいつを誘い出して、俺に嘘の話をさせたんだ」


 団長の眉が少し上がる。迷いがあるときにする仕草だ。押しきれる。


「待ってください」


 ツイキがさらに言い募ろうとした瞬間、出鼻を挫くように声が掛かった。

 タイカだった。隣のシュトが、タイカを守ろうというのか前に出ようとしているが、タイカが手で抑えている。


「私たちの話も聞いてもらえませんか」


 もう来やがったか、とツイキが舌打ちする。

 しかも息も切らせていない。

 腹立たしさもあったが、それよりもこれ以上しゃべらせてはいけない。

 取り押さえてしまおう。背は高いが細身だ。何とかなる。

 ツイキがそう思い、伸ばした手に焼けるような熱さが走った。

 否、焼けていた。一瞬だが、指に炎がかすめたのだ。

 炎が、蛇のように揺らめいていた。

 その尾は、シュトの腰の油燈ランタンに繋がっている。


「ば、ばけもの」


 ツイキが手を抑え、うめくように言う。

 何なんだ、こいつらは。


 自分は何を相手にしてしまったんだ。


「精霊です。南方で、祖霊のごとく奉じられています」


 タイカが淡々と語る。そういえば、叔父と話していた。南方では精霊が祀られていると。


「彼女は巫女です。さて、話を聞いてもらえますか?」


 団長も怯えていた。おずおずと口を開く。


「長老を、呼んできてもいいか。いや、いいですか」

「ご随意に」


 団長が少年を見やると、少年が慌てて駆け出した。

 騒ぎに村人たちも集まってきている。


 何が起きているんだ。


 ツイキは、ただ茫然と立っていることしか出来なかった。

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