第三章 - 捜査 -

「さて、ここから始めますか」


 タイカが手を擦り合わせる。背後のツイキが溜息をついた。


「叔父の身体はそのままにしておいてくれ。昼には長老を呼んで祈ってもらわねばならん」

「分かりました」


 タイカがしゃがみこみ、主人の遺体をのぞき込む。


「見てください」


 主人のこめかみを指差す。


「所々、死斑が出ているけど、この痣は違う」

「死斑だと」

「ひとは死ぬと血の巡りが止まり、体に痣のような血だまりが出来るのです。それが死斑。このこめかみの部分は変色しているけど、大きく凹んでいる」

「つまり、どういうことだ?」

「恐らく、こめかみを強く殴られたのでしょう」

「殴り合いでもしたというのか」

「いや、これは拳よりももっと小さな」


 タイカが言いかけて、止める。


「あまり死者に触れるのも失礼でしょう。次は部屋を見てみましょうか」




「手掛かりになりそうなものは、ありませんでしたね」


 吹き飛んだ打掛の鍵。散乱した宿帳、木片を削って紐で止めたそれに書いてあるのは砦へ向かう守り人の名らしき者ばかりだった。一番怪しいのがタイカとシュトである位だ。

 机には水差しがあったが、死因が撲殺なら関係ないだろう。


「何も見つからないのか。無駄足だな」


 ツイキが嫌味をこめて言う。散々手伝わされたのだ。嫌味も言いたくなる。正直、疲れを感じていた。


「打撲だと言ったな。叔父は転んで何かにぶつけたということはないのか?」

「そういう小さくて固そうなものも探しましたが、ありませんでしたね」

「他に何もないのか」

「一緒に探したじゃないですか。こだわりますね」

「それは、こだわるさ」


 あれだけ探したのだ。成果のひとつも欲しくなる。


「仕方ありません。次は外で調べてみましょう」

「何をする気なんだ」

「ご主人の話を聞いてみましょう」

「何言ってる」


 村の中で殺人が起こったなんて知れたら、大騒ぎになるだろう。


「朝から自警団の皆さんが宿に集まっていたら、もう何かあったと知れ渡っていますよ。ご主人が亡くなったことは素直に話して、それ以外はぼかして聞くしかありません」


 平然と答えるタイカに、ツイキは返す言葉を失った。




 いつの間に村人と知り合いになったのか。


 ツイキは、村人と話すタイカの後ろで、息を吐いた。

 タイカは言った通り、宿の主人が死んだことを素直に話した。が、その後がひどい。

 数泊とはいえ世話になったから弔辞を送りたい、ついては主人の人となりを知りたいと、さも痛ましげに言ってのけたのだ。

 もしこの男が犯人なら、見事な演技だと褒めてやりたくなる。

 それに余所者にしては村人の反応も良い。元々、砦へ向かう他の村の者の中継点になっているから、外部の者に慣れていることもあるだろうが、好意的な者が多い。

 どうもここ数日で畑を歩き回り、互いに知識を交換するなどして仲良くなったようなのだ。

 そして叔父である主人の評判が、あまりよくないことも改めて知った。

 タイカが主人を褒めるようなことを言うと、顔をしかめたり曖昧な表情をする村人もいた。


「あいつは他所のおひとには良い顔をしたがったからねえ」


 村人のひとりが言う。


「守り人さんやらあんたみたいな旅人から小銭を頂戴しているが、それを貯めこんで村の為に使おうともしなかった」


 お前だって大変だったろう、と村人がツイキに話を振る。


「お前の親父だって、随分あいつと揉めたみたいじゃないか」

「親父が死んでからは、叔父貴には世話になりました。俺は別に悪く思ってないですよ」

「そうかい。まあちょいちょい宿に行ってるしな。仲が悪ければ顔なんぞ見せないか」


 勘弁してくれ。ツイキが顔をしかめた。




 その後も、タイカは何人かに話を聞いて回った。


 畑仕事をしている村人の方にも歩み寄り話を聞いているうちに、村外れまで来てしまっていた。もう少し行けば森の中へ入ってしまう、周りに人もいない。

 こんな場所に何故来たのか。シュトの言う、夜中に逃げた人影の足跡でもあるというのか。

 馬鹿馬鹿しい。そんなことがあるものか。


「おい。いい加減に」

「さて」


 タイカがツイキの言葉を遮る。


「どうして主人を殺したのか、話してもらえますか?」

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