第二章 - 事件 -
翌朝。ツイキが宿へ向かうと、何人かの村人が集まっていた。
上役である自警団の団長もいた。騒然とした雰囲気に、ツイキも緊張した。
「団長」
「おう、ツイキか」
「どうしたんですか?」
団長が言いにくそうにしている。教えてください、と繰り返し促す。
「実はな。お前の叔父貴が亡くなっていたんだ」
「亡くなったって。もしかして殺されたってことですか」
「おい。落ち着け」
「どういうことですか」
「誰が」
「いいから。落ち着け。今、話を聞いているところだ」
「誰にですか。犯人ですか」
「分からん。だが宿に泊まっていたのは」
団長が言い切る前に、ツイキは団長を押しのけて宿に踏み込んだ。
村人たちに囲まれて、タイカとシュトが座っていた。
「お前たちが」
「私たちではありませんよ」
タイカが言い切る。冷静というより冷徹な口調に、ツイキが鼻白んだ。
「もう一度、説明した方がいいですか。聞けば、ツイキさんがご主人のお独りだけの親戚だそうですし」
「そうだな。遠縁ならそりゃ幾らでもいるが」
タイカの雰囲気に押されたのはツイキだけではなかったらしい。団長も言い訳するような調子だった。
「昨晩、ご主人とは遅くまで飲んでいました」
タイカが話し始める。
「ご主人は酒が過ぎて酔い潰れてしまいました。それで、ご主人に聞いて、ご主人の私室に運んで寝台に寝かせました。その後、少し意識を戻したご主人が水を望まれたので、井戸から水を汲んできました。水を飲んだご主人は、そのまま寝たいとのことだったので部屋を出ました」
「その後はどうしたんだ」
「自分の部屋に戻りましたよ」
「その時鍵はかけていたか?」
「わかりません。打掛のかんぬきを落とした音は聞こえなかった気がします」
団長がツイキへ振り返る。話は終わったということか。
「部屋に戻ったと証明してくれる、証人はいるのか?」
ツイキの質問に、タイカはシュトを見る。
「身内じゃ証人にならない。他には」
シュトが手を挙げた。
「なんだ、言ってみろ」
「夜中に誰かが宿から出て行ったのを見た」
「なんだと」
周囲がざわめく。
「顔は見たのか」
「暗くて見えなかった。たまたま起きて、窓から外を見た時だったから」
なんだ、とツイキがため息をついた。
「そんな曖昧なことじゃ、証言にもならん」
見間違いか。それとも嘘か。
「嘘なんかじゃない」
シュトが反論するが、周りの反応は薄い。子供の言うことだから、強い反論もし難いが、信用もしていない風だった。
「部屋には鍵がかかっていた」
団長が説明する。主人の朝は早い。朝食の為、畑から直接その日の野菜を採りに行くのだ。
貯め置きをしない。新鮮な野菜を出すのが自慢の主人だった。それが今日は来ない。
同じような早起きの村人が気になり、宿まで来て窓の木戸の隙間から主人の部屋を覗いてみると、主人が床に倒れていた。声を掛けるが反応がない。
尋常ではない雰囲気を感じた村人は、自警団の宿直所に行き、輪番だった自警団長と共に部屋の扉を叩くが、やはり反応がない。内側からは鍵が掛かっている。止むを得ず団長が扉を槌で打ち壊し、中に入ると、主人は死体になっていたのだ。
「あなたは槌が得物なんですね」
「そうだ。俺には剣よりも扱いやすいし、刃こぼれもない」
タイカの質問に、不審がりながらも団長が答える。
「部屋は荒らされていましたか?」
「そうだな、宿帳やらが散乱してたが」
「いい加減にしてくれ。なんでお前が質問しているんだ」
ツイキが遮る。殺されたのは自分の親戚なのだ。自分を差し置いて、しかも容疑者の質問に答えることがどうかしている。
それなんですが、とタイカが手を上げた。
「犯人捜しを、私にも協力させてもらえませんか」
「何を馬鹿な。お前が一番怪しいのに」
「私は殺していない」
強い口調でタイカが言う。気圧され、ツイキは言葉に詰まった。
「何なら私を見張ってくれていい。犯人捜しの間は、剣をお預けします。あと申し訳ありませんが、シュトの面倒も見てもらっていいですか」
シュトを人質にして良い、と言っているのだ。
タイカたちは、砦で村人を丁重に葬ってくれた恩人でもある。それに怪しいといっても主人を殺す動機が思いつかない。物盗りなら、殺してすぐに村から逃げ出していただろう。
村人たちの雰囲気が、犯人扱いの殺気だった様子から戸惑いを含んだものに変わっていた。
「分かった。ツイキよ」
団長が言う。ツイキは嫌な予感がした。
「このおひとと、犯人捜しをしてくれ。剣と、あとお嬢さんは、そうだな」
若い、まだ少年といった風の村人を指差す。新入りだが、少年も自警団のひとりであった。
「おまえ、頼む。宿の部屋をそのまま使わせてもらおう」
戸惑う少年に、タイカは腰から二振りの剣を外し、押し付ける様に渡した。
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